国立西洋美術館が世界遺産に登録
東京都建築士事務所協会は応援署名を台東区長に提出しました
栗田 幸一(東京都建築士事務所協会編集専門委員会)
服部征夫台東区長に署名を手渡す大内達史東京都建築士事務所協会会長。 (写真提供:台東区広報課)
 JR上野駅の公園口を出ると真正面に「東京文化会館」(昭和34(1959)年開館。ル・コルビュジエ門下生の前川國男の設計)がある。それを右に折れると見慣れた四角い箱が丸い柱に支えられた建物が見える。これが日本時間平成28(2016)年7月17日夕方に世界遺産に登録された「国立西洋美術館」である(国立西洋美術館と東京文化会館は一本の線により結ばれているそうである)。今や屋上庭園やピロティは当たり前だが、当時ヨーロッパ建築は煉瓦の壁や勾配屋根、縦長な開口部、王族や教会等の権力者向けの建築が多かった中にあって、新しい素材の、ガラス、鉄、コンクリートによる建築を、新しい時代の担い手に提供していったのが、ル・コルビュジエを含む新しい時代の建築家たちであった。
 国立西洋美術館は平成9(1997)年にレトロフィット工法による免震補強工事がなされ、建設当時の面影が地震の多い日本でも保たれていることは特筆すべきであろう。
 トルコのクーデター未遂事件で、7月16日(土)のユネスコの世界遺産委員会の審査が中止になったが、17日に再開された委員会ですべての委員国が支持し、フランスの建築家「ル・コルビュジエ」の7カ国17作品を「世界遺産一覧表に『記載』すること」を決定した。台東区が予定していたパブリックビューイングも中止となり、ハラハラ、ドキドキの1日延期だった。作品群が大陸をまたいで登録される初のケースである。日本国内の世界遺産は昨年の「明治日本の産業革命遺産」(福岡など8県)に続き20件目で、文化遺産が16件、自然遺産が4件。東京都内では初の文化遺産となった。近代建築の巨匠の作品では、すでに、グロピウスの「バウハウス」や、ミース・ファン・デル・ローエの「トゥーゲントハット邸」などが登録されており、今回F. L. ライトの落水荘などの主要作品も候補に上がったが、登録延期となっている。
 本年正月の台東支部新年会に参加者全員が応援のピンバッチを付けて、服部征夫台東区長をお招きした。区長の挨拶を聞いた中村栄太郎相談役、山下登副会長が、東京都建築士事務所協会会員全員で応援しようと発案し、大内会長の号令で始まった「署名活動」は、何と1,300を超える署名を集めた。当会の会員数は約1,550事務所である。
 6月27日(月)に、大内会長をはじめ、山下副会長、中村相談役、陰山日出也理事(台東支部相談役)、高橋浩事務局長、台東支部長 栗田の7名で服部征夫区長室を訪問。区側から服部区長、矢下薫世界遺産登録推進担当室長、伴宣久都市づくり部長、越智浩史世界遺産登録推進課長、松本浩一建築課長が出迎えてくれた。応援署名を大内会長から服部区長に手渡し握手。それに応えて服部区長は「地元でこれだけの署名が集まったことは誠に力強い限り」と話してくれた。
 ル・コルビュジエ作品の世界文化遺産への7カ国共同推薦は、2007年のフランス政府から日本政府への依頼から始まったもので、過去2回の世界遺産委員会では登録が見送られ、今回が三度目の正直だった。
 当初から登録推進活動を行ってきた台東区の取り組みと、登録までの経緯は『コア東京』2016年4月号掲載の、越智課長の特別寄稿「国立西洋美術館を世界遺産に──都内初の世界文化遺産登録を目指して」に詳しいので、参照していただきたい(コア東京Webでも読むことができます)。
栗田 幸一(くりた・こういち)
東京浅草生まれ/祖父、父と3代目/1970年 東海大学工学部建築学科卒業/1970〜74年 伊奈建築設計事務所/1975年 父の経営する株式会社栗田建築事務所入社し、現在に至る/(一社)東京都建築士事務所協会台東支部支部長、編集専門委員会委員長
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