VOICE
 
加藤 峯男(東京都建築士事務所協会情報委員会委員長、東京三会担当)
「犬も歩けば棒に当たる」は、「江戸いろはかるた」の「い」の札の諺です。この諺は「いのいちばん」に出てくるためか、数あるかるたの諺の中でも、最も人口に膾炙されたものになっています。
この諺は、「犬は、寝ていればいいものを、うろつき歩くから人に棒で叩かれる」というのが原義で、「出しゃばると災難にあう」という意味で使うのが一般的ですが、行動を起こすことで、災難であれ幸運であれ何らかの経験をすることができる。だから積極的に行動すべきであるといった意味で用いられることもあります。
しかし、子どものころの私はいずれの意味も理解せず、かるた取りを遊んでいました。諺が「棒で打たれる」であれば本来の意味を理解できたのでしょうが、「棒に当たる」と犬が自ら棒に当たりにいくような現実にはあり得ない言い回しになっているため、子どもの頭では理解できなかったのです。
言い回しが奇妙なせいで、この諺が私の頭の中に住みつき、繰り返しその意味を考えるようになりました。
現在では「人が動けば、必ず何らかの障害にぶつかるものだ」と解釈しています。つまり「棒」を「障害」と看做すようになったのです。建築設計を仕事にするようになり、それをさらに読み替え「要求事項」とも看做しています。
建築設計者は、お客さんの家づくりやまちづくりを手助けすることで生活の糧を得ています。その家づくりやまちづくりには有象無象の(私が解釈するところの)「棒」が立ちはだかります。それをひとつひとつクリアし、お客さんの望むところを実現するのが、建築設計者の役目です。この「棒」をクリアすることが、私たちの腕の見せどころであり、うまくクリアできたときほど嬉しいものはありません。そして、夢が実現して喜ぶお客さんの顔を見るときが、私たち建築設計者のいちばんの幸せなのです。
年々「棒」は多くなってきています。それも幾重にも重なり、複雑に絡まり合うようになってきています。それでも「棒」の正体をひとつひとつ見極め、絡まりをほぐしていけば、手間が掛りますが恐れることはありません。たいていクリアすることができます。
ところが、油断できないのが「藪から棒」です。「藪」に隠れてどこに「棒」が潜んでいるか分かりません。何の前触れもなく突然飛び出してきますので、「障害」に留まらず、「棒」本来の意味の「災難」になる恐れが高いのです。
これを避けるには「藪」をつくらないことがいちばんです。「棒」を隠す「藪」がなければ「棒」の正体を見極めることができますし、それをクリアする対策を打つこともできます。しかし、残念ながら人の能力には限りがあり、「藪」の度合を薄めることができても、「藪」を一掃することは至難の業です。「藪」の中で最もやっかいなものが、お客さんの胸の内に潜む「藪」です。この「藪」の度合を薄める術は、お客さんとの密なコミュニケーションしかありません。
『コア東京』2015年12月号と2016年1月号に連載していた「港区の特定天井等の耐震化への取り組み」を扱った記事が、いつのまにか掲載されなくなっていることにお気づきの方もいらっしゃると思います。1月号の記事の中で2月号に「実施設計編」を掲載すると予告しながら、その掲載を取り止めました。しかも、その決定が印刷直前であったため、その記事を取り止めたことによる大穴を埋める術もなく、編集デスクの力業で体裁だけは保つことができましたが、中身がやや薄いものになりました。また、法律ができたばかりで、皆さんが興味を持たれているテーマを扱った記事であっただけに、楽しみにされていた方もいらっしゃると思います。その期待に副うことができない結果を招いてしまいました。この場を借りてお詫びいたします。
こうなったのは、港区担当者の胸の中の「藪」に潜む「棒」の正体を、私が十分見極めずに記事を書いていたことから生じたものです。コミュニュケーション不足です。私の記事が発信されることによって、港区に寄せられる反響から生ずる懸念事項への配慮が十分でなかったことに起因します。そのため、私自身が「藪から棒に当たる」ことになってしまいました。
この記事については、あくまで港区の了解が得られればのことですが、別のかたちでもう一度チャレンジできればと思っています。その時は、「藪」に潜む「棒」の正体をしっかりと見極め、港区にとって「棒」を「幸運」と読める記事にしたいと思います。
加藤 峯男(かとう・みねお)
1946 年 愛知県豊田市生まれ/ 1969 年名古屋大学工学部建築学科卒業、同年圓堂建築設計事務所入所/ 1991 年 同所パートナーに就任/ 2002 年 株式会社エンドウ・アソシエイツ取締役に就任/ 2003年 株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役に就任/ 2011 年 一般社団法人東京都建築士事務所協会理事に就任
記事カテゴリー:その他の読み物
タグ:VOICE編集後記