杉並建築会大会──地区防災へ「事前対応」という発想
杉並支部
山田 淸(有限会社人イエまちネットワーク、東京都建築士事務所協会杉並支部)

大会ちらし。
 平成28(2016)年3月26日、杉並区役所会議室において第3回杉並建築会大会が開催されました。「杉並における地区防災のすすめ〜地区防災の課題と今後の展開に向けて〜」がテーマです。
 杉並区には応急危険度判定員のネットワーク手帳はあるものの、判定員同士のつながりや判定の体験がないという実態を踏まえ、防災に関する情報を共有することが大会の目的のひとつでした。
 大会は2部構成で進められました。第1部は応急危険度判定の現状やこれからの地区防災の必要性に関する講演の後で、判定員によるワークショップを行いました。第2部は会場を変えての懇親会です。ここでは杉並在住の若手落語家の噺に大いに盛り上がり、楽しい懇親会とすることができました。参加者は、事前申し込みの判定員61名プラス行政職員で70名超でした。
吉川忠寛防災都市計画研究所所長による講演。
ワークショップ風景。
ワークショップ
 さて、第1部で行ったワークショップのテーマは以下の3つです。
【地震時起こりうる事態の想定】
地区別の区域の分け方と周辺地区との関係、望ましい区域分け。地区内の危険なところや安全なところなどのチェック。地区内の一時避難場所、救援所、地区内防災拠点。その他、地区内で起こりうることを各自想定し意見出し。
【応急危険度判定員ネットワーク】
現在の連絡網は機能するか。望ましいネットワークのあり方は。あらかじめ決めておくこと(たとえば、判定員の集合場所)。判定員が使用する道具(地図、下げふり、水平器、メモ帳ほか)。
【地区防災をどう考えるか】
地区内での活動にどのような役割があるか。杉並区との関係のあり方。情報の集め方と伝達。区役所への連絡。最初にやるべきこと。
 ワークショップでは判定員をグループに分けました。杉並区のコミュニティ単位をベースにし、杉並建築会運営委員会で修正した7つです。この地区割りの詳細については、別の機会があった時にご説明させていただくこととします。
 ワークショップは名前と所在地の自己紹介から始まりました。あとは上記のテーマに沿って意見交換をして、それをグループごとに発表することで杉並区内の各地区の課題が浮き彫りにされることが期待されました。しかし、実際はなかなか目論見通りには行きませんでした。
 もちろんタイムテーブル通りに作業を進めたグループがほとんどでしたが、町内会や、民生委員、商店会、法人会、商工会議所などの役員を複数担っている長老格の建築士の話でほぼ終始したグループもありました。また、ポストイットに書き出して模造紙にまとめていくということをせず、話し合いだけで終わったグループもありました。
 だからと言ってうまくいかなかったわけではありません。建築士という専門性だけでは地域の総体的な事象を捉えきれないことがここで示されたとすれば、まさに解決すべき課題が明らかになったということです。ハウジングやビルディングが私たちの役割だと考えている人にとっては理解しにくいことだと思いますが、建築士設計事務所や建築士の今後の役割を考える基盤がここにあるのではないでしょうか。
 このワークショップでは、日々の暮らしを営んでいる住民と、地区の中で繫がることの大切さを改めて実感させられた気がします。また、判定員同士のつながりと情報共有でも、顔を知っている同士が実は近くに住んでいたとか、ひとつの事象を異なる視点から捉えていることが分かったりと、いくつもの発見がありました。
ワークショップ風景。
ワークショップ風景。
ワークショップ風景。
ワークショップまとめ。
地区防災計画づくりの出発点
 ご存知のように、応急危険度判定員の役割は、災害後数日からおよそ1週間ぐらいで被災した建物の危険度を判定するものです。つまり「事後対応」ということになりますが、このネットワークを活かし、「事前対応」として防災、減災に加え、予防に役立てようという発想がここにあります。2011年の東日本大震災の傷がまだ癒えないときに、熊本で大きな地震が発生しました。災害の初動期、急性期、中間期といったそれぞれの場面で対応の仕方は違います。その対応をどうやって軽減していくかということを考えると、いかに事前の対策が重要かがよく分かります。それはまずは近隣での自助、共助です。そういったときに、建築士だけでなく町内会をはじめとした近隣住区のさまざまな組織や地域住民と一緒になって地域特性を把握し、非常時に備えておくことが求められます。それが地区防災計画づくりの出発点です。
杉並建築会と、その目指すもの
 さて杉並建築会は、東京都建築士事務所協会、東京建築士会、日本建築家協会の杉並支部レベルの3会が連携して2013年に立ち上げたものです。2014年1月には杉並区と「まちづくりに関する施策の総合的な推進を図るための協定書」を結んでいます。地域課題に取り組むために、3会が大目標に向かって協働していくことが大事だということが、今回の熊本の大震災であらためてはっきりと見えてきたような気がします。
 今後長期にわたって人口減少が進んでいくわが国にあって、われわれの役割も大きく変わっていくことでしょう。そのようなときに、建築設計分野のどの団体に属しているかということではなく、建築設計という専門職能分野のこれからのありようを問い直し、その可能性を探っていくためにも、行政と連携を取りながら、地域レベル、あるいは現場サイドといったところで、住民と共に学んでいくことが大切になってきます。そういった意味では、ここでご紹介した杉並建築会の今回のテーマは、まさにその第一歩といえるのではないでしょうか。
 また東京都建築士事務所協会杉並支部でも「安全安心まちづくり委員会」を立ち上げ、空き家・不燃化・狭あい道路・防災・既存不適格建築などの社会的課題に積極的に取り組む方向にあります。
山田 淸(やまだ・きよし)
有限会社人イエまちネットワーク取締役、東京都建築士事務所協会杉並支部
1949年長崎県生まれ。法政大学工学部建築学科卒。一級建築士。有限会社人イエまちネットワークにおいて、まちづくりをキーワードにしたさまざまな事業に取り組んでいる。