VOICE
 
加登 千晴(東京都建築士事務所協会事務局)
「あの日」から5年、東京都建築士事務所協会で「沿道耐震セミナー」の実施されている中、事務局で黙祷を捧げていた。
雪でも降りそうな重たい空……、以前暮らしていたドイツの冬の空の色と似ている。ベルリンの3月は、枯れ木ばかり。その枯れ木や枯れた藪を窓越しに眺める中高年、老人が目につく。なんでこんな景色をきつい冷たい顔をして眺めているのか不思議だった。それがたった1週間で木の芽が吹き出し、あっという間にモノクロの世界が春の風景に変わる。暗い厳しい冬をやっと越えた喜びは、自然を愛でる心も育むらしい。楽聖たちの創造した音楽の数々からも判る。その後、友人という宝を胸に、後ろ髪をひかれつつ6年暮らしたドイツを後にした。帰国後もドイツの友人たちはしょっちゅうわが家を訪ねてくれて、留学生や居候の世話もさせてもらった。
そして3.11。友人のひとりは、「これから関西空港から帰るね」と逃げるように帰国した。自然をこよなく愛する友人たちから「ドイツに戻らないか?」と本気で、過剰に心配してくれる声が相次いだ。その後ドイツは国を挙げて脱原発を進めていくことになった。「日本人は本当に今、あんなことがあっても、まだ原発を推し進めるのか? 信じられない」と言う人もいた。
3.11以前は、ドイツへの移住も考えたこともあったが、あの日以降の日本には愛おしさを感じるようになった。日本人の優しさ、耐え忍ぶ力。彼の地へ戻ることはできない。そんなことをいつも思い起こさせる黙祷を捧げた。
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