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高妻 昭子(東京都建築士事務所協会会誌専門委員会・江戸川支部)
先日江戸川区のタワーホール船堀で映画『医師 中村哲の仕事・働くということ』の上映会があった。
中村哲医師は、干ばつや戦乱により荒廃したアフガニスタンで医療や灌漑事業に力を尽くした方だ。1978年山岳会の同行医師としてアフガニスタン・パキスタン国境のヒンズークシ山脈に赴いたことで現地への愛着を抱き、1984年にパキスタンのペシャワールへ赴任。主にハンセン病の治療にあたった。
 ハンセン病の症状には知覚障害がある。患者は裸足だと足の裏が傷ついても気づきにくく症状が悪化してしまう。そこで中村医師は病院内に靴の工房をつくり、オーダーメイドの靴を製作することにした。これは現地の人の技能を生かす場にもなった。足に合う靴を履いた患者の笑顔に、見ているこちらも嬉しくなる。
 山岳地の道なき道を上り、現地の人びとと車座になって熱く語り合いながら診療所を立ち上げていく。当然、最初から協力的ではない人もいたことだろう。しかし中村医師はこう語る。「裏切られても裏切り返さない。誠実さこそが人々の心に触れる」。
2000年、すさまじい干ばつがアフガニスタンを襲う。自給自足の農民が多い現地において、水不足は飢饉と難民化に直結する。診療所でいくら治療をしても次々と子どもたちが亡くなっていく。「もはや病の治療どころではない」と、中村医師は井戸掘りを始めた。
 2001年9月11日の同時多発テロ以降、容疑者をかくまったとして米軍などがアフガニスタンを攻撃。人びとの生活はさらに厳しさを増した。井戸を掘っても掘っても地下水すら枯渇していく。砂漠化で農業ができなくなった人びとは、生きるために傭兵になった。地下水に頼る灌漑の限界を知った中村医師は、用水路の建設を決意する。
 日本にいるわが子から教科書を送ってもらい、土木の勉強を一から始めた。自分で図面を引き、スコップで土を掘る。ふらつきながら石を担いで運び、重機も自ら操縦した。近隣の農民達は日当がもらえるからと傭兵をやめて故郷へ戻り、武器をツルハシに持ち替えて共に汗を流した。そこには明日への希望が見える。カメラに笑顔を向けてくれる。しかしその空には偵察のためか米軍のヘリが飛んでいる。
2010年、真珠を意味する「マルワリード用水路」が遂に完成。荒れ果てた農地に加え、もともと砂漠だった場所までもが緑に生まれ変わった。この事業により、実に65万人もの食料が賄えるようになったのだ。砂漠の映像があざやかな緑へと変わる「奇跡」に、深く感動させられる。
中村医師の言動は人間愛にあふれている。目の前の人を「同じ人間」とみなして、共に働き、共に笑い、よりそう。しかし、人を「同じ人間」と感じることは実はとても難しい。日本でハンセン病の人が長らく差別されていたのも、ヘイトスピーチが頻発するのも、世界中で戦争が起こっているのも、相手を「同じ人間」とみなしていないからではないだろうか。同じ人間と思っていたら爆撃などできるはずもない。
 日本は武器の輸出を全面解禁する方向にあるようだが、それを「誰に使うのか」という想像力が足りていない。同じ人間を殺傷するしかない武器を売って「強い国」をつくることに何の意味があるのだろうか。われわれが地球温暖化を防ごうと省エネ再エネを地道に頑張っていても、戦争による爆撃一発で環境はさらに悪化している。
2026年も後半に入るが改善の兆しが見えない世界に落胆の念を禁じ得ない。この原稿が掲載される頃には、世界が少しでも良い方向に向かっていることを切に祈る。
高妻 昭子(こうづま・あきこ)
東京都建築士事務所協会江戸川支部副支部長、(株)大和創建一級建築士事務所
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