
箱根湯の花温泉ホテル(1988 年竣工、現・箱根湯の花温泉ホテル)東客室。

同西客室。

同広間床の間。
撮影:池原研究室 福原裕司(故人)
撮影:池原研究室 福原裕司(故人)
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前月号では、小田原の和風住宅(老欅荘)をコメントした。老欅荘には欄間に縦枠の見付を薄く見せる八掛の意匠があった。八掛は吉田五十八の作風の特徴と認識している。他方村野藤吾はチリを浅くし、壁の凹凸を小さく見せ、空間を柔らかく演出することを重視していたと思う。近代和風建築では建築家によるいくつもの試みが展開された。それ以前の日本建築とは異なる活性が感じられた。★
本年度から編集委員を引き継いでいる。私は、池原義郎(早稲田大学名誉教授、芸術院会員)に師事した。池原は和風を好んだわけではないが、その意匠を求められた時、壁から自立する木組みに取り組むことになった。師からは点・線・面の構成を試みたモンドリアンも参照するよう言われた。構造部材ではなく、柱を途中で切断し、あるいは天井を抜き、横架材が柱と付かず離れずに繋がる。そこに間仕切りが形成され、各々の部分の機能が柔らかく対応する。その間を構成する障子にも表と裏、(障子紙なしの)隙間等の意匠を施した。天井の縁に設けた障子には、その先端を飛行機の羽根に匹敵する細さまでを求めた。水面に繋がる床では、畳面より床の高さを下げ、仕上げを黒御影石本磨きとし、内と外が柔らかく連続し、繋がることを目論んだ。漆黒の床面は、沼とも称し、湖面を映す彫刻の台座に、自邸のピアノが空と庭を映し出す作品へと繋がった。建築はそれとしては有限なものの組み合わせだが、場合によれば無限を想起する透けた空間をつくり出す可能性があり、そのことを池原は追求した。ここでは木の自律とも言い換えられるか。
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またそれらの先達から聴き及んだ思いを、これからを担う方々へ折に触れお伝えできたら幸いである。

末延 史行(すえのぶ・ふみゆき)
東京都建築士事務所協会会誌専門委員会・中野副支部長、末延建築設計事務所
















































