区民と建築家で行く大人の遠足──老欅荘と江之浦測候所
中野支部|令和8(2026)年3月12日(木)@小田原、江之浦
末延 史行(中野支部副支部長、末延建築設計事務所)
 中野支部はJIA中野地域会と共催で、区民と共に日帰りバスツアーを18年前に始めた。本年は、「小田原–江之浦 建築バスツアー」と題して、区民と建築家で行く、景色と時間を味わう大人の遠足を企画した。
 作成したパンフレットを両会員で分担して町内の掲示板に張り、区民参加を募った。それを見た方が電話で申し込むスタイルとしたが、希望者が相次ぎ、20数名の建築好きの方々の申し込みですぐに満席となった。
老欅荘
 まず訪れたのは、小田原市板橋の「松永記念館」と「老欅荘」。老欅荘は電力王・松永安左エ門が晩年を過ごした別邸で、茶室・広間・寄付など各部屋の意匠に特徴をもつ近代数寄屋建築。登録有形文化財として保存されている。
 旧東海道から入り、入口は僅かな高低差の池・茶室等に始まる。老欅荘に至るにはかなりの階段を登る。途中に大きなケヤキとその前には大きな石。黒部ダムの建設時に発見されたとある。富山からここまで運び、ケヤキの巨木の下に(見える面は小さく深く埋まっている?)配された10トンの石。そこに込められた個人を超えた気持ちが大事だと思った。
 和風の建物は、所沢から移住・移築、棟梁と増築を重ねたという。間口1間半、奥行き1間の広い床の間は、自分の最後の置き場所と設定したと聞いた(不実現)。この欄間部分に枠の見込みを小さくする八掛があった。吉田五十八の作風だ。
 令夫人の部屋の建具は、雨戸・網戸・ガラス窓の外引込戸としていた。ここにも当時の木造住宅としての先鞭性が見られ、共有があったのかと思った。
 老欅荘には5つの茶室が配置されている。季節・時間によって多様なもてなしをされたと拝察する。
江之浦測候所
 午後は「江之浦測候所」へ。昼食後、バスは海沿いの国道から中腹の根府川駅を経て、オカメザクラが咲き始め、柑橘類が実を結ぶ畑を上り、頂上近くに至る。参道で57カ所ある巡回ポイントのパンフレットをいただく。脇にその最後の所在が根津美術館から移築された門(元室町時代、明月院)が控えている。反対側の垣根は、伊勢神宮の奥社の玉垣を思わせる密なつくり、そこを進むと、急峻な斜面地に片面がガラス、片面が大谷石の直線100mの筒(ギャラリー)が途中から海に向けて突き出している。展示品は10点に満たない世界中の海の或る瞬間の黄昏の写真。この筒に夏至の日の出が差し込むが、実際この10年で確認できたのは僅か。でもその心構えは、天空の運行と対峙する姿勢。写真家は超望遠レンズでその瞬間を切り抜く、そのために営為する。本建築はその筒そのものだと思った。
 作家は石をひとつひとつ積んだとある。いたるところに由緒ある石が敷き詰められている。ある踊り場の大きな石に、どれだけの意欲があったのか。ラフに割られても硯のように滑らかさを残す根府川石の大きな敷石もその配し方にこだわりが伝わる。榊田倫之氏が実施設計・監理を共同されていると聴いた。できた時に既に古びてる、時間・歴史・場所が自律し、ここに息づいている。
 既に美術館の増築が進んでいる、白井晟一の自邸に関する増設もあるようだ。入場者予約制も頷ける。自由に巡る2時間半は瞬く間に過ぎた。区民の方々にもたいへん好評を博しての企画であった。
 個人的印象の写真を貼付する(より具体的な写真・資料等は「松永記念館」、「江の浦測候所」から検索して下さい)。
老欅荘。ケヤキの巨木と黒部の石。(撮影:筆者)
江之浦測候所。大谷石の壁。
江之浦測候所。根府川石の踊場。
末延 史行(すえのぶ・ふみゆき)
東京都建築士事務所協会中野副支部長、支部編集員、有限会社ケアデザインステーション一級建築士事務所
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