「道」と「道路」
けものみちと呼ばれる道があるほど、道は遠い昔、人が誕生する以前から存在していた、と考えられる。その昔、人は野山や海浜に水や食料を求め彷徨つた。そうして繰返し歩いた跡が、いつしか踏み固められ「道」を形づくっていったのだろう。私たちに最も身近な公共施設は何かといえば、それは「道路」である。しかし、多くの人びとは家の前の道路を、「道」と呼んでいる。それは道路というよりも、道といった方が、親しみがもて、一般には通りがいいからであろう。それはなぜだろう?道路には、どこか人工的な構築物としてのイメージがあるが、道には自然発生的な人間くささが漂う。この違いは重要である。「道」と「道路」、それは明らかにその生い立ちや性格を異にしている。一番の違いは、道は自然発生的なものであるが、道路は明確な目的をもつて、人為的につくり出されたものである。そう道路は社会システムのひとつで、共同の装置としてつくられ、制度的にも一定の組織が一定の規範をもって維持管理にあたっている。ここでは道路も含め、広い概念として「道」を捉えることにする。
ところで道といっても、そのイメージするところは、人によりさまざまである。しかも、この道の存在自体、人は普段それほど意識しているわけではない。通常は、当たり前のこととして、何の疑念もなく受入れている。しかし、この当たり前に思っている道が、もしなかったらどうであろう。きっとわれわれの生活は一変してしまうことであろう。いや一変どころか、生活できない状態に陥ってしまうかもしれない。そうした視点から改めて現実の市街に目を向け、道を人工的な構築物としての「道路」として捉えなおしてみると、またさまざまなものが見えてくる。
都心の商業・業務地に目をやると、幅員20m、30mを超える広幅員の道路が整備されている。そしてそこには多くの大規模な事務所・事業所が、これらの道路に沿って建ち並んでいる。また、大規模なマンションの敷地が接する道路も、それなりの幅員を有している。一方、一般的な戸建住宅地に目を移すと、住宅等が接する道路の幅員は4mの確保さえままならず、一間半(2.7m)、狭いものになると1間(1.8m)もないような、道路とはいえない正に道といわれるものに接しているものもある。なかには路面の舗装さえされていない。
このように市街の道路といっても、その状況は地域により千差万別で、よく目を凝らしてみると、幅員が違うだけでなく歩車の分離や舗装の有無、また目には見えないが道路敷地の所有関係などもさまざまである。
【市街における道路の果たす役割】
市街にある道路は、建築物との関係において、交通、防火、安全、衛生等の面から、次に掲げる役割を果たす。
①通行の確保
日常的に一般交通の用に供することで、沿道に立つ建築物の利用上必要な施設となっている。建築物の利用者は、その敷地を介して道路に接することにより、外部との通行が可能となる。
②延焼の抑制、災害時の避難など防災の確保
道路を挟んで立つ建築物相互間の延焼の拡大を抑制するとともに、災害時の避難や消防活動等が円滑に行えるようになる。
③日照、採光、通風など衛生的環境の確保
道路を挟んで立つ建築物相互の間に、一定の採光、通風等を確保するとともに、道路を中心に市街が一定の開放空間を備えることで、衛生的環境の維持が可能となる。
④電気、ガス、水道等供給処理施設の収容空間の確保
都市活動を円滑に機能させるためには、沿道や地域の土地利用に応じ、電気、ガス、水道等の供給処理施設の整備が必要となる。道路は交通を処理するだけでなく、建築物内等で行われる諸活動を支えるために供給される電気、ガス、水道等の架空線や地下埋設物を路面の上下に収容している。このように、道路の幅員は沿道の建築活動量と関係しており、間接的ではあるが建築物の大きさを規定する。
⑤市街の景観形成など、建物内外の環境整備への寄与
街並みの形成など市街の景観を整えることに寄与している。道路斜線制限は、かつて建築制限いっぱいに立つ建築物により、それなりに揃った街並みが形成されてきた。今日では天空率方式等の導入により、建物足元周りに空地が創出され、市街に緑とオープンスペースが広がるなど、地区環境の整備に寄与している。また、稠密な市街の場合、沿道に軒を連ねて立ち並ぶ建築物の室内環境は、道路に大きく規定される面がある。すなわち、市街において道路は、その周囲に立つ建築物に対し採光や通風、またプライバシーの確保や圧迫感の抑制、さらには眺望の確保など、沿道の建築物に対しさまざまな便益を提供している。
このように道路は、交通、輸送や各種供給処理など都市サービスの面だけでなく、市街において道路空間の開放性が確保されることで、防災(避難、消防など)や環境(日照、採光、通風など)また景観形成(街並み)の面からも、まちづくりに大きな役割を果たしている。
Column 1
東京の住宅地における道の整備
今では当たり前のように思われている道路の舗装、しかし、東京都区部において1960年前後まで家の前の道といえば砂利敷きで、アスファルト舗装はなされておらず、大変歩きづらかった。また、通りの排水溝には木製のドブ板がかかっていた。しかし、それでも土が剥き出しであった頃の道よりはましである。土が剥き出しの道だと、晴れた日には土ぼこりが舞い洗濯物を汚すし、雨の日には水溜りができ泥濘(ぬかるみ)となり、滑ったり表面が削り取られ凸凹となり、歩行や自転車等の通行に大いに支障がでた。現在、大勢の人が住む環状6号線と環状7号線の間に広がる、かつての木賃ベルト地帯(現在、木造住宅密集地域)、この一帯は1964年の東京オリンピック開催を契機に下水道が整備される。このとき多少のセットバックと併せ住宅周りの道は、ようやく舗装されることになった(これに伴い道路に置かれたゴミ箱も、便所の汲み取り風景(バキュームカーも含め)も姿を消した)。一方、郊外の新市街の開発では、最初から、街灯のほか上・下水道や電気・ガスなど、ライフラインを備えた道路の整備が、その幅員も自動車時代に対応し6mほどが求められた。しかし、既成の市街地や市街化がにじみ出すようにして進む地域には、幅員4mもないような道が広く分布していた。そうして時を経た今日、建築行政の現場では建築確認の民営化を追い風に、建築確認時を捉えこの狭隘な道路の拡幅整備を図るべく、事前協議・調整により道路中心から敷地境界を2m後退させる方法で、4m幅員の道路の整備に向け地道な取り組みが続いている。
建築基準法上の道路
建築基準法第3章(第8節を除く)の規定は、都市計画区域及び準都市計画区域(以下、都市計画区域等)内に限り適用されることになっており、ここにいう道路に関する規定は、都市計画区域等に及ぶこととなる。【道路の定義と種別】(図❶)
ここで建築基準法(以下、単に「法」という)上の道路の定義を紹介する。法では、幅員4m(特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内は6m)以上で、次に掲げるものを「道路」という(法42条1項)。なお、道路の幅員には、側溝を含むが法面は含まない。
①道路法による道路
道路法に基づき、路線の指定または認定を受けたもので、かつ、道路形態が整っていて事実上通行ができるもの。必ずしも供用が開始されている必要はない。
②都市計画法等に基づく道路
都市計画法、土地区画整理法、旧住宅地造成事業に関する法律、都市再開発法、新都市基盤整備法、大都市地域における住宅及び住宅地の供給に関する特別措置法または密集市街地整備法による道路。
これらの法律に基づく道路は、大半が道路法に基づき路線の指定または認定を受けることになるが、中には公有地を道路としているが、道路の指定または認定を受けていない私道もある。
③既存の道路
法第3章の規定が適用されるに至った際、現に存在する道で、都市計画区域等の指定を受けたとき、その区域内にある幅員4m以上の道すべてをいい、公道・私道の別を問わない。
④事業執行予定の道路
道路法、都市計画法、土地区画整理法、都市再開発法、新都市基盤整備法、大都市地域における住宅及び住宅地の供給に関する特別措置法または密集市街地整備法による、新設または変更の事業計画のある道路で、2年以内にその事業が執行される予定のものとして、特定行政庁が指定したもの。
事業計画のある道路とは、これらの法律に基づき事業認可を受けた事業計画に位置付けられている道路のことである。また、道路として扱うということは、当該土地の区域内には道路内建築制限が適用されるということで、また建築敷地からも除外されるということである。
⑤位置指定道路(特定行政庁から位置の指定を受けた私道、図❷)
土地を建築物の敷地として利用するため、道路法等に寄らないで築造する道で、これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受け、宅地造成等により築造される一定の基準(「道の構造基準」参照)に適合する一般私道のことである。
【2項(みなし)道路】(法42条2項、図❸)
法第3章「都市計画区域等における建築物の敷地、構造、建築設備及び用途」に係る規定が適用されるに至った際、現に建築物が立ち並んでいる幅員4m未満の道で、特定行政庁が指定したもの。これは既存で立ち並んでいる建築物を救済する措置である。ただし、中心線から水平距離2m(特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内は3m)の線を道路境界線とみなし、この部分と現道との間は道路とみなされるため建築が制限される。
【3項道路】(法42条3項、図❹)
土地の状況によりやむを得ない場合(斜面地に発達した市街地などで幅員4mを確保しようとすると敷地として利用できる面積が極端に不足する場合や、沿道に継承すべき価値ある歴史的景観が形成されている場合(京都祇園、大分臼杵、東京神楽坂)など)においては、あらかじめ建築審査会の同意を得ることにより、2項道路における中心から2mの後退線の振り分けを、2m未満1.35m以上の範囲で別に指定することができる。ここでは東京神楽坂の事例(別掲、事例紹介1 参照)を紹介する。
【その他】(法42条4項)
法42条1項の規定に基づき、特定行政庁が都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内の、幅員6m未満の道(前記、建築基準法上の道路の種別①②に該当するものは幅員4m以上のものに限る)で、特定行政庁が「周囲の状況により避難及び通行の安全上支障がない道」、「地区計画等に定められた道の配置及び規模又はその区域に即して築造される道」又は「区域指定の際に現に道路とされていた道」、として認め指定したものは、法42条1項の道路とみなされる。
道の構造基準(令144条の4)
1 両端が他の道路に接続したものであること。ただし、次の①から⑤までのいずれかに該当する場合においては、袋路状道路(法43条3項5号に規定する袋路状道路をいう。以下この条において同じ。)とすることができる。①延長(既存の幅員6m未満の袋路状道路に接続する道にあっては、当該袋路状道路が他の道路に接続するまでの部分の延長を含む。③において同じ。)が35m以下の場合
②終端が公園、広場その他これらに類するもので自動車の転回に支障がないものに接続している場合
③延長が35mを超える場合で、終端及び区間35m以内ごとに国土交通大臣の定める基準に適合する自動車の転回広場が設けられている場合
④幅員が6m以上の場合
⑤ ①から④までに準ずる場合で、特定行政庁が周囲の状況により避難及び通行の安全上支障がないと認めた場合
2 道が同一平面で交差し、若しくは接続し、又は屈曲する箇所(交差、接続又は屈曲により生ずる内角が120°以上の場合を除く。)は、角地の隅角を挟む辺の長さ2mの二等辺三角形の部分を道に含む隅切りを設けたものであること。ただし、特定行政庁が周囲の状況によりやむを得ないと認め、又はその必要がないと認めた場合においては、この限りでない。
3 砂利敷その他ぬかるみとならない構造であること。
4 縦断勾配が12%以下であり、かつ、階段状でないものであること。ただし、特定行政庁が周囲の状況により避難及び通行の安全上支障がないと認めた場合においては、この限りでない。
5 道及びこれに接する敷地内の排水に必要な側溝、街渠その他の施設を設けたものであること。
Column 2
2項道路の拡幅整備
2項道路(法42条2項)は、幅員が4mに満たないため、行政庁が要綱等に基づき建築主に対し、指導・協議そして必要な支援を行い、幅員4mの確保に向け取り組んでいる。ここでは参考までに、東京都荒川区の細街路拡幅整備要綱の内容を紹介する。ここにいう細街路の拡幅整備は、安全で良好な市街地と居住環境の整備に向け、法42条2項に規定するいわゆる「2項道路」のほか、同1項5号に規定する「位置指定道路」の拡幅も含み、道路のすみ切りなどの整備を促進する事業で、行政庁が建築工事に際し、建築主等に狭隘な道路の拡幅整備について協力要請し、建築確認の申請にあわせ承諾書の提出を求め、必要なら道路拡幅に伴う後退用地等にある障害物の除却や整地等に対し、工事費用の一部を助成、また希望に応じ拡幅部分の土地の固定資産税等の非課税申請手続きの代行を行う。道路後退線部分には、L形側溝が設置される。
事例紹介1
「神楽坂の路地景観を活かした粋なまちづくり」──3項道路制度の活用
味わい深い風情が残る、坂道のまち神楽坂。この地は都心の住商混在地で、住環境の保全と地域開発圧力とがせめぎ合っている。「神楽坂の路地景観を活かした粋なまちづくり」──3項道路制度の活用
1999年に31階建て超高層計画が浮上、地元では反対運動を展開するが挫折。2003年「まち会」(任意団体)からNPO法人「粋なまちづくり倶楽部」が派生。2006年新宿区の高度地区絶対高さ制限導入を契機に、2007年地区計画を策定し、さらに厳しく高さを制限、また神楽坂らしさ保全のため、伝統芸能の活性化とともに、表通りと裏また居住と商業など異なる多様な地主のニーズふまえ、不動産の買取も視野に「(株)粋まち」を設立。その後、区や専門家の支援を得て、建て替えなどの動きも踏まえ地域資源の継承に向けきめ細かな対応を図る。
具体には、法42条3項道路の指定で幅員2.7mほどの路地を維持(拡幅整備しない)。2023年、街並み誘導型地区計画(図❺)で、横丁に面した敷地の建築規制内容を詳細に定め(壁面の位置の制限(図❻)、壁面後退区域の工作物設置制限、高さの最高限度(図❼)、敷地面積の最低限度、その他用途、容積率の最高限度、形態・色彩など意匠の制限)、特定行政庁の認定(空地整備、接道長さ確保、内装制限、衛生確保など)で、建築をまちづくり目標に沿ってコントロールすることになった(図❽)。
たとえば、兵庫横丁(本連載第1回写真②参照)の場合、容積率は240%、敷地面積は65㎡、壁面の位置の制限(図❻)と高さの最高限度(図❼)は別図の通り。
立体道路
「立体道路制度」は、都市計画道路(自動車のみの交通の用に供する道路または特定高架道路等)の整備と併せて、当該道路の上空または路面下において、建築物等の整備を一体的に行うもので、道路の区域を立体的に定めることで、それ以外の空間において建築利用を可能にする。都市計画においては、地区計画及び再開発等促進区に係る地区計画において、道路と建築物とを一体的に整備する場合の特例措置(重複利用区域と建築限界の設定)を講じるとともに、これを受け建築基準法においては、道路と一体的に整備される建築物の道路内建築制限の特例措置を設け対応している(都市計画法12条の11、法44条)。都市再生特別地区も、これと同様の扱いを行うことができる(都市再生特別措置法36条の2~36条の5、法44条)。本制度を適用するにあたっては、地区整備計画または再開発等促進区に係る地区整備計画において、都市計画道路の区域のうち、建築物等の敷地と併せて整備すべき重複利用区域、及び都市計画道路の整備上必要な建築物等の建築、または建設を可能とする建築物等の建築限界を定めておかねばならない。道路の上下の空間に建築物等を建築することは、原則として認められないが、この立体道路制度を用いると、道路区域の範囲が立体的に指定(道路法47条の7~48条、図❾)され、この区域の外側の空間は道路区域ではなくなるので、道路占用許可を受ける必要もなく、建築物等を建築することが可能となる。また、道路に隣接する空間に、道路と一体構造の建築物を建築することもできる (事例紹介2 参照)。
このように立体道路制度は、市街地における幹線道路の整備の進捗にあわせ、良好な市街地環境を維持しつつ適正かつ合理的な土地利用を促進する目的で、幹線道路の整備にあたり、その周辺地域を含め一体的かつ総合的に整備する必要がある場合に活用される。一般的には道路内建築物制限の特例措置が適用となり、道路内での建築が認められることから、地区外転出せず計画道路にかかる地権者の現地での生活再建が可能となり、幹線道路等の整備に対する合意形成の促進が期待される。なお、2018年4月の都市計画法・建築基準法の改正により、地方都市のニーズにも応えるため、市街地の環境を確保しつつ、適正かつ合理的な土地利用の促進と都市機能の増進とを図るため必要がある場合には、自動車専用道路等だけでなく、都市再生緊急整備地域ほかすべての一般道路においても、地区整備計画に重複利用区域を設定することで、この制度が活用できるようになった。
事例紹介2
「環状二号線・新橋・虎の門地区、Ⅲ(虎ノ門)街区」──立体道路制度を活用した都市再生
この再開発は、都心部の交通渋滞を緩和し、臨海部を含む沿道の開発を誘発、東京の都市構造の再編を誘導、あわせて土地の有効高度利用を図り、道路と建築物との立体重層化で、都市のランドマークと地域の緑地を創出するとともに、都市の重要な公共施設(幹線道路)を整備する第二種市街地再開発事業である(図⑩)。環状第二号線(「マッカーサー道路」といわれ昭和21(1946)年3月に計画、本区間は幅員40m、延長1,350m)は、戦後60年以上未整備のままであったことから、この新橋・虎ノ門地区には、中小のビルが建て込み過密な状況を呈していた。このため用地買収方式での道路整備は難しかった。そこでこの地の関係者(約170世帯、約330人)の意向もふまえ、立体道路制度の創設(平成元/1989年6月)を受け平成10/1998年12月、東京都施行による市街地再開発事業として道路と建築物の一体的整備により、都心部に相応しい立体的な複合空間として、幹線道路と超高層ビルが整備されることになった。「環状二号線・新橋・虎の門地区、Ⅲ(虎ノ門)街区」──立体道路制度を活用した都市再生
施行地区の面積は約8.0ha、道路延長は1,350mと長いため、この地では3つの街区に分けて施設建築物が建設された。建築物は3街区全体で延べ面積にして28万2000㎡整備されている。2014年に整備された「虎の門ヒルズ森タワー」は、このうちⅢ(虎ノ門)街区にあり、容積率は地区計画(再開発等促進区)により1,150%である。Ⅲ街区は、国道一号線(桜田通り)と祝田通りを結ぶ区間に位置し、環状第二号線の上下の空間を利用し、当時、都市のランドマーク(目印)として、都内で2番目に高い超高層アーバンコンプレックスビルとして建築された。これは環状第二号線が、この地で折れ曲がりカーブを描く形になるため、遠くからその位置が視認できるようにするためである。地下の道路トンネル部分の建設は、東京都から業務委託を受け、ビルの建設と保留床の取得を担う特定建築者の事業範囲として対応された。なお、「虎ノ門ヒルズエリア」(図⑪)では、森タワー周辺に2020年「ビジネスタワー」(写真❷)、2022年「レジデンシャルタワー」(写真❷)、2024年「ステーションタワー」(写真❸)が順次整備されている。
■森タワー建築概要
所在地:東京都港区虎ノ門一丁目26番他
敷地面積:17,069㎡
延床面積:252,993㎡
階数、高さ:地下5階・地上53階、247m
主要用途:事務所、商業施設、住宅(172戸)、ホテル(168室)、カンファレンス、駐車場
壁面線による建築制限(法46条、47条)
趣旨:特定行政庁は、街区内における建築物の位置を整え、その環境の向上を図る必要があると認める場合は、建築審査会の同意を得て「壁面線の指定」ができる(法46条)。 壁面線は、建築物の壁面の位置を後退させ、建築物と道路境界線との間などに開放空間を確保し、道路等と一体となった連続した空間を確保することにより、商店街の雑踏を捌いたり住宅地の建物壁面を揃え(図⓬)、街並み形成につなげるなどして(写真❹)、良好な環境や景観の維持、形成を図るものである。壁面線の指定は、敷地の利用に重大な制限を加えることになるので、指定にあたって特定行政庁は、事前に利害関係者の参加を求め公聴会を開くことになっている。指定の効果:壁面線の指定により、①道路に面した建築敷地部分に前庭が確保される、②道路の歩道と一体となり歩行者空間が拡大される、③建築物の位置が整い環境の向上に役立つなどのメリットがある。
建築制限:この壁面線が指定されると、①建築物の壁または柱、②高さ2mを超える門または塀は、壁面線を越えて建築してはならない(法47条)。 ただし、①地盤面下の部分、②特定行政庁が建築審査会の同意を得て許可した歩廊の柱 の類は、これを越えて建築できる(同条)。
これに類似の規定として、第一種・第二種の低層住居専用地域または田園住居地域内における「外壁の後退距離による制限」(法54条)がある。外壁後退距離の制限は、低層住宅地としての良好な居住環境を維持、保全していくためのもので、当該地域に関する都市計画において外壁の後退距離の限度(1.5mまたは1m)が定められたときは、建築物の外壁またはこれに代わる柱の面は、これを超えて建築することはできない(図⓭)。
これら以外にも、都市再生特別地区、特定街区、高度利用地区、地区計画等の区域内においても「壁面の位置の制限」を定める規定がある(法60条の2.2項、60条2項、59条2項、68条の2に基づく施行令136 条の2の5.1項5号)。
なお、2000年の建築基準法改正により、「壁面線の指定」や地区計画等に係る条例(法68条の2.1)に基づく「壁面の位置の制限」がある場合には、前面道路の幅員による容積率制限の合理化(法52.12)が図られることになった(事例紹介3 参照)。また、その後、同様の場合、特定行政庁の許可により建蔽率の緩和も可能となった(法53条4項)。
事例紹介3
「世田谷区若林のまちづくり」──地区計画等を活用し地区防災施設(6m道路へと拡幅)整備
世田谷区若林三・四丁目地区は、細街路が多く木造住宅が密集し震災・火災時に危険が高いことから、災害に強いまちづくりをめざし、区の条例に基づき「地区まちづくり計画」を策定し、1988年から補助事業制度を活用、老朽住宅の建替えや避難路となる道路の拡幅整備を実施してきた。阪神・淡路大震災を経た1999年、この取り組みを強化するため安全な街区と道路ネットワークの形成をめざし、地元まちづくり協議会の提案を受け地区まちづくり計画が変更される。これをうけ、また2000年に東京都の防災都市づくり推進計画において重点整備地域に位置付けられたこともふまえ、区では防災まちづくりの実効性を高めるため、強制力を持ってまちづくりに臨むこととし、地区まちづくり計画の主要部分について法定化が図られることになった。「世田谷区若林のまちづくり」──地区計画等を活用し地区防災施設(6m道路へと拡幅)整備
地区の防災性能向上に向けては、建築物の整備等を通じ地区防災施設(6m道路への拡幅整備と沿道の不燃化)の整備促進を図るべく、2階建て防火造の住宅が建て込む住宅地を、将来的には幅員6mほどの道路空間に沿って3階建ての建築物が立ち並ぶ市街をイメージし、相当の期間(木造建物がほぼ更新される期間)をかけまちづくりを進めていくことになった。ただし、市街の密度は都市基盤との関係から、現状とほぼ変わらないよう仕組む必要があった。そこでまちづくりの実効性を上げるため、建築の規制・誘導の仕組みを見直し総合的に検討、たどり着いたところが防災街区整備地区計画制度の活用であった。すなわち、地区計画にまちの将来像を投影させるとともに、目標実現に向け用途地域を第一種低層住居専用地域(容積率150%)から第一種中高層住居専用地域(容積率200%)に変更、これにあわせ高度地区、日影規制も相応しい内容に変更することになった。
2000年6月「防災街区整備地区計画(22.1ha、図⓮)」を策定、ここに地区防災施設(緊急時の避難・救援動線)として6m幅員の主要道路を位置づけ、建築行為などを通じ順次整備するとともに、あわせてその沿道では建築物の構造(耐火性能の高いもの)や形態等を適切に規制・誘導することで、地区環境の維持向上につながるよう仕組まれた。具体には、地区防災施設の整備に伴い沿道で外壁後退により面積が減少する敷地に対し(図⓯)、延べ面積を確保するため用途地域(容積率)を見直し一段階アップ(150→200%)させる。また、壁面の位置を制限することで建築基準法52条12項の規定により、前面道路の境界線が当該壁面線へとシフトすることで、前面道路幅員による容積率の低減措置(道路幅員mに0.4掛け)を緩和する(ただし幅員に0.6掛け以下)。しかし、都市基盤の整備状況に留意し、地区計画で適切な水準(180%)に規制することで、必要以上に建築容積が増大しないよう措置した。
ただ、これだけだと既定の高さ制限により、建築物の形態が制限され建築容積が確保できないこともあるので、地区環境の維持向上に留意し併せて、高度地区を第一種(北側境界線から5m立上り斜線制限)から第二種(北側境界線から10m立上り斜線制限)に、また日影規制も見直して相応しい内容(対象建築物高さ7m超・3階建→高さ10m超、測定水平面1.5m→4m、規制時間4-2.5→3-2)に変更した。こうして地区計画に規定した「まちの将来像」に沿う形で、建築規制・誘導の仕組みを整えることで、地区の安全性が漸次増進また都市基盤との整合も確保され、まちづくりは目標実現に向け進んでいくことになった。(写真❺)
[参考文献]
国土交通省ホームページ「建築基準法(集団規定)」
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新宿区ホームページ「地区計画一覧」
粋なまちづくり倶楽部神楽坂ホームページ
西村幸夫・北沢猛・窪田亜矢・矢原有理「神楽坂における地域主導による保全まちづくりの展開」東京大学都市デザイン研究室、2008年
森ビルホームページ「主要プロジェクト、虎ノ門ヒルズ」
世田谷区ホームページ「地区計画等・地区まちづくり計画一覧」
塚田隆志「地区計画策定と同時に用途地域(指定容積率)を変更することによる将来像の実現方策─若林3・4丁目方式─」学会誌都市計画280 pp.33-36 (公社)日本都市計画学会、2009年8月
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国土交通省ホームページ「建築基準法(集団規定)」
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世田谷区ホームページ「地区計画等・地区まちづくり計画一覧」
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河村 茂(かわむら・しげる)
都市建築研究会代表幹事、博士(工学)
1949年東京都生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業/都・区・都市公団(土地利用、再開発、開発企画、建築指導など)、東京芸術大学非常勤講師(建築社会制度)、(一財)日本建築設備・昇降機センター常務理事など/単著『日本の首都江戸・東京 都市づくり物語』、『建築からのまちづくり』、共著『日本近代建築法制の100年』など/国土交通大臣表彰など
1949年東京都生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業/都・区・都市公団(土地利用、再開発、開発企画、建築指導など)、東京芸術大学非常勤講師(建築社会制度)、(一財)日本建築設備・昇降機センター常務理事など/単著『日本の首都江戸・東京 都市づくり物語』、『建築からのまちづくり』、共著『日本近代建築法制の100年』など/国土交通大臣表彰など
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