建築士事務所実務講習会レポート
東京都建築士事務所協会
村田 くるみ(東京都建築士事務所協会編集特別委員会)
倉持 健夫(東京都建築士事務所協会編集特別委員会)
講習会。大内会長による開会挨拶。/懇親会風景。
平成28年2月4日(木)14時30分より、新宿ワシントンホテル・すばる会場にて、東京都建築士事務所協会主催、日本建築士事務所協会連合会、東京建築士会、日本建築家協会関東甲信越支部、東京建設業協会後援の、新規登録建築士事務所のための講習会、「建築士事務所実務講習会──すぐに役立つ業務と経営のノウハウ」が実施され、続けて懇親会が開かれた。
いったん途切れたが復活した講習会
 この実務講習会は当会研修委員会の恒例企画である。平成7(1995)年ごろから実施されていたがしばらくの間、休止。平成23(2011)年に復活して定着した。3年前からは会員増強を目指す講習会へ移行し、実績を上げている。今年の受講者は58名。平成26年8月から平成27年10月までに新規登録した事務所で、ほとんどが東京都建築士事務所協会には未だ入会していない。講習は、以下のプログラムにより進められた。

・大内 達史(東京都建築士事務所協会会長) 開会挨拶
・安藤 暢彦(同理事) 「建築士事務所の経営と管理、業務の進め方」
・福田 晴政(福田法律事務所) 「トラブルを未然に防ぐ経営」
・國分 昭子(東京建築賞審査員) 特別講演
倫理観を持ってこその「建築の仕事」(開会挨拶)
事務所登録を終えたばかりの受講者の緊張をほぐすかのように、大内会長が自身の新人時代を振り返る。その中で「自分だけでは乗り越えられない技術がある」、「独断ではなく皆が力を合わせるべき」と、事務所開設の意義を説いた。
「建築士法改正に基づいて、地位を上げていきます」という会長の声は、これから業務を開始する方々には頼もしく響いただろう。一方、「倫理観を持ってこその建築の仕事」というのは、いくぶん難しい命題だ(でも、この後の福田講演で、その意味をしっかりと勉強できた)。「夢を持って一生懸命、取り組んでほしい」というはなむけの言葉も送られた。
単体でモノをつくる時代から全体を包括する時代へ(安藤講演)
当協会に入会するとどのようなプログラムが用意されているのかをアピール。続いて、事務所の経営と管理、業務と報酬、契約の重要性など、新しい時代に即した事務所経営の要点を解説した。
トラブルを未然に防ぐ経営
弁護士の福田晴政先生から学んだ。これは、反響が大きかったので、以下に取り出して収録させていただく。
基準法を守っていればよいのか?
──福田晴政講演「トラブルを未然に防ぐ経営」より
講習会終了後の受講者の感想で目立ったのが、福田講演へのコメントだった。「もう一度、聞きたい」、「もう少し掘り下げた内容で話してもらう機会を協会でつくってほしい」など……。以下に、今回講演のダイジェストをお届けする。
講演する弁護士の福田晴政先生。
「頼んだという痕跡」を残そう
事務所経営からみると、「トラブル」は実にバカバカしい話。わずらわしい訴訟で神経を使い、業務に支障をきたし、何千万円の損害になることも。たとえ勝っても裁判中は回収できない。 未然に防がなくてはならないが、それには事例を見ること。そうすれば対策が分かってくる。
多くのトラブルは、「契約書をつくらないで設計に入る」ことから発生する。「まだ相談、提案の段階だったはず」といわれてしまう。かといって、いきなり契約となると引かれてしまう。簡単な依頼書でいいので「頼んだという痕跡」があることが大事だ。
ほとんどの契約は「黙示的」、しかし……
契約とは「売ります」、「買います」という合意のこと。「モノを売る場所」でそういう行為をすれば、言葉も文書もなくても「契約」である。これを「黙示的な合意」という。私たちは毎日の暮らしの中で大量の契約を結んでいるが、ほとんどの契約は「黙示的」なもの。
【事例】
「概算見積りを出そうか」といったら、「それでは駄目、詳細な見積もりがほしい」と打合せを重ねた。言葉で「設計」とは言ってないが、状況から見て「設計の注文」になっている。「黙示的」に成立している。
【事例】
「契約締結前の設計は営業行為」という主張は昔からある。施主が「これはコンペだ」と考えていたという事例もある。しかし、設計業界にこれらの取引慣習や考え方は認められないので、契約は成立している。
ただし、以上のような事例を見て、安心してはいけない。「こういうことがあっちゃいけない」という例として見てほしい。「頼んだという痕跡がないと、これだけ苦労するのだ」ということに思いを馳せるべきだ。
生まれ育つ中で培った倫理観があれば
法律問題というのは、ほとんどが勘で分かる。「悪い事しちゃいけないよ。悪い事をするとこうなるよ」ということは、誰でも分かる。それだけ分かっていれば、たいていのことは分かるもの。生まれ育つ中で培った倫理観があるから、「法律を何も知らない一般人」と「法律の専門家」が対等に議論できるのだ。理屈で考えると間違ってしまうが、「勘」で補うと分かることがある。トラブル事例も、われわれの頭に染み付いている「倫理感」で判断できるのだ。
【事例】
生徒が階段手摺りに跨がって滑り降りて落下事故となった。建築士は「基準法ではどうか?」と言う。基準法ではなく、「予想できる危険性を持っている建物はいけない」が正しい。
基準法を持ち出してもしようがない
建築基準法は、国民に対して「しばり」をかける法律。これを「取り締まり法規」という。交通の法律と似ていて「善悪の判断」とは関係ない。だから、良い悪いの判断に基準法を持ち出してもしようがなく、当然、「基準法を守っていれば何をしてもよい」わけではない。
また、感覚で考えれば分かるとはいっても、その「感覚」は客観的でなくてはならない。なので、立場を変えて見ることが必要。この感覚で対応していってほしい。
使う人がどういう想像力で使ってくれるのか(國分講演)
槇総合計画事務所時代から独立を経て現在まで、作品を紹介しながら自身の設計思想の変遷を辿る。合間合間に、印象に残るフレーズが散りばめられた講演だった。
「今の時代のコンセンサスは、残す物は議論して、お金をかけても残すべきという考え。しかし当時はお金をかけても残すべきという考えではなかった」。「3Dモデルが始まり、英語バージョンを使い日影チェックをした。こういうツールがあると何ができるかなと考える土壌ができた」。「敷地を最大に活用するという考えから、まちなみに何を還元できるかという考えへ」。「設計者の強い思い入れだけでなく、建物を使っていく人との協働作業に」。「使う人がどういう想像力で使ってくれるのか」。「活き活きと使っている姿は、周りの人たちの気持ちを良くし、好循環を生む」。
ひとりで悩むより交流で打開策を見つけよう(懇親会)
隣のホールに移動。大内会長の挨拶に続き、三代川俊雄理事の音頭で乾杯する。 この懇親会の案内状に「この機会に地域ぐるみの交流をもっていただき、参加者へ協会や支部の魅力を伝えていただければうれしい」とあったが、ブロックごとのテーブルで、迎える側と迎えられる側が次第に馴染んでいく(お料理もなぜか質・量共に、いつもより好評)。
受講者のこんな声が聞かれた。「建築三会の相違がなかなか分からない」、「建築士試験の受験勉強では基準法を懸命に学んだ。基準法を守ればOKと思ったのは間違いかも、と(今日の講演で)気づいた」、「どこかに入会しないことには前進しないなと感じた」。
村田 くるみ(むらた・くるみ)
冬木建築工房、(一社)東京都建築士事務所協会杉並支部副支部長、編集専門委員会委員
大分県生まれ/お茶の水女子大学文教育学部卒業/家族の駐在に伴い、アメリカ、オーストラリア等で専業主婦の後、子育てを終えてから建築士に
倉持 健夫(くらもち・たけお)
株式会社倉持設計工房、東京都建築士事務所協会編集専門委員、墨田支部
1970年生まれ/1992年 浅野工学専門学校 建築工学科卒業