関東大震災100年
大規模改修による建物の長寿命化
藤村 勝(東京都建築安全支援協会)
 脱炭素と持続可能な社会を目指す時代を迎え、建築界では建物の長寿命化を図ることが必須の時代となりました。建物の長寿命化にあたっては、建物の耐久性の向上ばかりでなく、耐震性や機能性の改善も必要であり、建築設計の関与が重要なものとなります。
図❶ 既存ストック住宅の総数(総務省「H30住宅・土地総計調査」)
既存ストック建築物の量
 平成30年の総務省の調査による建築年代別の既存住宅の総数とその比率を図-1にまとめます。この調査結果では、1991年~2000年に建設された築25年相当の住宅の比率が22.2%と量も多く、1981年以前に建設された築45年相当以上の旧耐震設計の建物の比率が24.3%、築30年を超え大規模改修の必要があると考えられる1990年以前に建設された住宅の比率は43.1%となっています(図❶)。住宅販売市場における既存住宅の比率も40%を超えているなど、今後は既存建物を扱う大規模改修などのニーズがさらに高まると考えられます。このような状況の中で東京都建築士事務所協会では、既に大規模修繕WGを設置して都民からの相談を受け付けており、東京都建築安全支援協会でも対応する業務を開始する予定です。
表① 大規模改修における修繕項目
長期修繕計画作成ガイドライン
 国土交通省は令和3(2022)年に既存住宅の現状を踏まえ長期修繕計画の見直しを行い、これまで25年以上としていた既存マンションの長期修繕計画期間を30年以上に変更し、修繕積立金の目安に係る計算式も見直されました。この中で、外壁の塗り替え時期が12~15年、空調・換気設備の取り替えが13~17年など幅のあるものに改訂されました。このガイドラインに示されている大規模修繕は、建物の耐用年限内で繰返し行われる表①に示す外壁やシーリングなどの補修を主として対象としており、初期の耐用年限を超える建物に必要となる設備配管の取り替えや躯体の耐久性向上などの再生・リノベーション工事は一般的に含まれておりません。修繕が必要な建物の部位は築年数とともに増え、3回目の大規模な修繕を迎える時期には建物に老朽化が現れ、所有者の高齢化により生活様式も変わり、建物の再生・リノベーションの検討が必要となります。このような時期に行う大規模改修においては、所有者のニーズに適切に対応する建築設計者の関与が重要なものとなります。
表② 減価償却資産の耐用年数(国税庁HPより)/ 表③JASS 5(2018)による構造体の供用期間の級
建物の耐用年数
 これまでは建物の寿命は木造で30年、鉄筋コンクリート造(RC)で40年などといわれてきましたが、木造で65年、RC造で120年はもつとの新しい知見もあります。表②に示す減価償却資産の耐用年数はRC造、SRC造で30年~50年程度とされており、表③に示すJASS 5によるRC造の耐用年数(計画供用期間)は30年~200年、標準で65年とされています。建物の耐用年限は、設計仕様と建設時の建物の品質に影響を受けますが、その後のメンテナンスや修繕計画により大きく左右されます。建物の耐用年数は幅のあるものですが、最近では時代のニーズとともに比較的長く捉える傾向があります。
図❷ 鉄筋コンクリートの劣化
図❸ 鉄筋コンクリート造建物のかぶり厚さと想定される耐用年数
鉄筋コンクリート造の劣化
 「建物の寿命」という言葉はあいまいなものですが、ほぼすべての建築物において基礎などの重要な部位に用いられている鉄筋コンクリート構造物が性能を失った時をもって建物の寿命と考えると、明確なものになります。コンクリートは硬化時に中に含むセメントの水和反応によりアルカリ性を示し、内部の鉄筋の発錆を防止します。しかしながら、図❷に示すように経年による二酸化炭素と酸性物質の侵入によりコンクリートが中性化し、鉄筋の腐食保護機能が低下することにより鉄筋の発錆が始まります。発錆すると鉄筋の体積が膨張し、周辺のコンクリートにひび割れを生じさせ、このひび割れから雨水などが侵入すると急激に発錆が進行し、爆発的なコンクリートのひび割れとなり、鉄筋コンクリート構造物全体が劣化します。
 鉄筋コンクリートの劣化を防止するためには、密実なコンクリートを打設して中性化の進行を遅らせること、鉄筋のかぶり厚さを増大させること、止水性の高い仕上げを施すこと、などにより鉄筋の発錆を防ぎます。コンクリートの中性化を予測する計算式は複数ありますが、これらの計算式を踏まえると中性化速度は概略的に0.5mm/年といえます。建物各部位のかぶり厚さの最小値はJASS 5において決められています。図❸に示すように、一般の外壁のかぶり厚さは30mmであり、鉄筋周辺のコンクリートが中性化し鉄筋の発錆が始まるまでに約60年、地下外壁のかぶり厚さは増打ちが行われることから50mm程度であり、発錆は約100年、基礎のかぶり厚さは70mmで発錆は約140年と推定され、これらが建物の寿命のひとつの目安になると考えられます。しかしながら、かぶり厚さは施工によるばらつきが大きく、中性化速度は環境などに大きく影響を受けるので、建物の寿命は個々の建物ごとに検討が必要です。
表④ 耐震診断による耐久性の把握
耐震診断による耐久性の把握
 大規模改修においては耐震診断の実施は必須ではありませんが、旧耐震建物、新耐震建物(一部の不適格建物)に係わらず耐震診断時に行う表④に示す現地調査項目により、耐久性に係わる建物の状況が把握できます。コンクリートの強度試験により構造体コンクリートの品質と密実性、コンクリート中性化試験により建物の寿命、外観ひび割れ調査では躯体の健全性、不同沈下調査では杭・基礎の健全性が把握でき、診断により得られる耐震性に係わる情報も含めて、大規模改修を計画する上での重要なデータを把握することができます。築50年相当となる建物の大規模改修においては、これらの調査結果を踏まえて再生・リノベーションを含む大規模改修における修繕内容を計画することが望ましいといえます。
図❹ 大規模改修による建物の長寿命化
図❺ 長寿命化を図る大規模改修
大規模改修による建物の長寿命化
 建物はさまざまな耐用年数を有する材料の集合体であり、図❹に示すように不具合に応じて修繕を行い、15年に1回程度各材料の耐用年数に応じた大規模修繕を繰り返し、長い年月にわたり建物を継続使用します。設計時に想定している初期の耐用年限までは仕上げ材の修繕は定期的に行い、構造体など修繕が容易でない部位は初期の耐久性を高め、部分的な修繕以外の大規模な修繕は行わないことが一般的でした。しかしながら、建物の長寿命化の時代を迎え、構造体にも大規模な修繕を行い、耐用年限をより永くする試みが行われています。
 建物の長寿命化を図る方法としては、図❺に示すように建物に耐震補強や建築・設備の改修を行い、安全性や機能性の向上を図るとともに、雨水の侵入防止や錆汁発生の除去、美観の回復を図った上で建物の外周部に中性化防止対策を施すことが考えられます。中性化対策には表面被覆、含浸材塗布、再アルカリ化など、旧来から行われてきた技術があります。これ以外に、新たな外装材を取り付けて耐久性を向上させる事例などがあります。ただし、いずれの大規模改修でも基礎などの修繕が困難な部位の劣化により建物の耐用年限を迎えることとなるので、大規模改修においては建築設計が関与して、建物の状況と依頼者のニーズに応じて修繕の範囲と再生・リノベーションの内容を適切に定めることが重要です。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士