都市に木造建築をつくる意味
法制委員会研修会
腰原 幹雄(東京大学生産技術研究所教授)
協会会議室での研修会風景。
 今や人類の喫緊の課題となりつつある、温室効果ガスの削減、脱炭素社会の実現に向けて、建築物に関わる経済活動の面から、省エネ対策を強力に進めようという「改正建築物省エネ法※1」が昨年6月の国会で成立、公布された。今回の法改正では、2050年でのカーボンニュートラル社会の実現を目標として、建築物への省エネ対策を強化することと共に、建築物において木材利用を促進させるために建築基準を合理化することのふたつが、制度変更の大きな柱となっており、私たち、建築士事務所の日常業務にも今後大きな影響が及んでくると思われる。
 法制委員会では、この中で特に、「建築物における木材利用」について改めて理解を深めるために、東京大学生産技術研究所の腰原先生に講師をお願いして研修会を開催した。本稿では当日の講義の内容をかいつまんでご紹介する。
(村上 淳/法制委員会委員長 以下、文責:村上)
木造建築には炭素が貯蔵されている
 森の木はCO2を吸収して成長し、炭素を閉じ込めている、そして木を伐った後も木造建築の形で残れば、その中に炭素が貯蔵されているという考え方がある。この理屈から、地球温暖化問題への対処、「脱炭素」へのひとつの解決策になるとして、建築への木材利用を促進することが注目されている。
 木は燃やしてしまうと中にあった炭素がCO2となって空気中に戻ってしまうので、木が炭素を貯蔵しているというのは、いずれCO2として放出されるまでの時間が遅延しているにすぎない。しかし石炭等の化石燃料では、数億年前の空気中のCO2が閉じ込められていたものを放出しているのに対し、木材の中の炭素は、森から伐り出して木材として使った後に燃やすとすれば、せいぜい100年前に空気中にあったCO2を元に戻すだけなので、次も新しい木材を使って木造建築をつくれば、CO2は増えることも減ることもないと考えてもよい。
日本の森林資源は今どうなっているか
 日本は森林資源が豊かだといわれてきた。その大きな需要として戸建て木造住宅があり、高度成長期(1973年)には年間100万棟を超える木造住宅がつくられていたが、近年では50万棟にまで落ちてしまっている。戦後の旺盛な木材需要を満たすために植林された森が現在、利用の時期を迎えているにも拘らず、肝心の木造住宅への需要が減少している。伐り出されるべき木が森に残されているため、将来使う木を今植えていない、というのが大きな問題である。
 また森林は、上水の水源、土砂災害・洪水の予防、余暇活動フィールドなど、木材の供給源としてだけではない多様な価値を社会に提供しており、それが荒廃することによる損失は計り知れないものがある。こうした状況を鑑みて、森林資源の循環を促進するために20数年前から住宅以外の建築にも国産木材を活用しようという動きが活発になっていたが、これが「地球環境」や「脱炭素」の話と結びつけて語られ始めたのは最近のことである。
小国ドーム(設計:葉祥栄、1988年)
木造建築の構法と材料
 RC、S造にはラーメン構造かブレース・壁付きラーメン構造くらいしか構法としてのバリエーションがないが、木造建築には在来軸組工法の他に、2×4のような枠組壁工法、ログハウスの丸太組工法、集成材を使った建築、最近ではCLTパネル工法などさまざまな構法がある。また木質の資材には、品質が安定した集成材や合板の他に、製材、特に木造住宅の生産システムで規格化された住宅用流通製材や、さらに山で主伐材を育てる過程で生まれる安い間伐材を一般建築にも使ってみようという動きもみられる。
 この多様な構法・材料の中から、どれを選ぶのが正しい、ということではない。森林の持続性、森の木の循環という見地からは、太い細い等のさまざまな木をいろいろな構法でまんべんなく使うのが大事で、こうした多様な選択肢を皆が分担して発展させていけばよい。
 木造で大型の建築を造る場合にいちばん簡単なのは大きな平屋の建物で、大屋根の建築を木造でつくろうという動きが1990年前後に始まった。この中で熊本県小国町では木造体育館を、大断面集成材を使わずに製材だけでつくってみようという試みがあった(「小国ドーム」、1988年)。当時の基準法の枠内では、大断面集成材はエンジニアリングウッドなので構造計算ができるが、製材は材料にばらつき、欠点があるのでできないという時代。しかし、ばらつきがあるのなら、全数検査をして要求性能に足りない部材を弾いてしまえばよいと考えた。性能を確保するためにこのときに考え出されたルールは今、「JAS構造用製材」という規格になっている。JAS認定を取得した製材所では、この規格に基づいて全数検査を行い、ヤング率が表示された製材が出荷できるようになった。
 このように、それまでできなかったことを可能にするためには、こうした試みで誰かが先鞭をつけなければいけない。そして、そこに価値があるとなったら、一般に普及するにはどうするかを皆で考えてゆくことが、木造の可能性をこれから拡げるためには必要なことである。
混構造建築
木造ペンシルビル
法制度の観点から
 法律上は2000年までは木造では耐火建築物ができなかったが、建築基準法が改正されて、それまでの軒高9m、3,000㎡の制限がなくなった。
 ここで技術的に生まれたのが「燃えしろ設計※2」(準耐火構造)という仕組み。木材が燃えるときは外側から1分間に1mmくらいしか燃え進まないので、建物内からの避難に必要な時間だけ、木材の中側が燃え残って建物を支えていれば避難安全が確保できる、という考え方である。
 一方、燃えしろ設計の建物は、火災発生後は最後まで燃えてしまうのに対して、耐火構造では途中で火が消えなければならず、こちらは「燃え止まり設計」という技術が新しく考案されている。しかし、この技術で耐火構造の純木造建築をつくった事例はまだ多くはない。最近では横浜で11階建ての純木造ビルが工事中、そして丸の内では100mクラスの木造ビルが計画中だが、これらはトップランナーたちによる特殊解というべきものだろう。
 今後は、木造との相性がよいターゲットを絞って、一般にも普及しやすい構法を開発していく必要がある。
 以下、例をふたつ挙げる。
 ひとつは「混構造」。建物を100%木造にすることに拘らず、RC・S造と組み合わせて、できるところから木造にするという考え方。たとえば、中層ビルの1時間耐火性能で済む上部4層だけを木造にする、あるいは建築の木造表現を強調するために表通りに面したファサードだけを木造にする、等の使い方である。
 もうひとつは、街中の4~5階建てペンシルビルを木造でつくれるように、部材部品の規格化や、一貫計算ソフト等の設計法を整備するという方向性が考えられる。ペンシルビルに使われる要素は、柱梁のフレーム、柱脚の接合部、柱梁接合部、長手方向の壁、床があればよいから、これだけの部品を開発すれば、現在のS造と同様に誰でも木造でつくれるようになる。
まとめ:なぜ都市の中に建築を木造でつくるのか
 今、都市に木造建築が求められているのは、脱炭素社会の実現、そして森林資源の持続性の確保、このふたつの課題への解決策として注目されている面が大きい。しかし、そうした負の側面からの動機ではなく、生活を楽しめる豊かなまちなみをつくろう、気持ちのよい愛着を持てる建物をつくろう、という肯定的なアプローチから木造建築を都市の中に増やし、その結果として地球環境に優しく、持続可能な社会が実現していく、というのが建築の木造化の本来あるべき姿であろう。
 都市の中に大型、中高層の木造建築を実現するには、構法素材への要求性能、コスト、法制度上の制限等、越えるべきハードルがいくつかあるが、2000年前後から始まった技術開発、法整備を経て、これまで魅力ある提案がいろいろされてきている。これからは、今までに提案された可能性の中から、一般にも適用できる普及版をつくる時代に入ってきている。これは、技術者が考えているだけではうまくいかなくて、建築主や社会を巻き込んで、一緒に「都市で森を考える」のが重要なことである。
※1: 『脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律(令和4年6月17日公布)』
※2: 『通常の火災により建築物全体が容易に倒壊する恐れのない構造であることを確かめるための構造計算の基準(昭和62年建設省告示1902号)』
腰原 幹雄(こしはら・みきお)
東京大学生産技術研究所教授
1968年 生まれ/東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)/NPO法人「team Timberize」前理事長ほか