東京建築賞見学会開催
第48回東京建築賞新人賞、一般一類部門最優秀賞「BONUS TRACK」
鷹取 奨(東京都建築士事務所協会研修委員会・南部支部、鷹取1級建築士事務所)
南西側の隣地より見る。
植栽のある小広場。
解説するツバメアーキテクツの西川日満里さん。
テラス。
お試し・イベントスペース。
見学会参加者。
■BONUS TRACK
建築主  小田急電鉄株式会社
設計   株式会社ツバメアーキテクツ一級建築士事務所
施工   株式会社山菱工務店
所在地  東京都世田谷区
主要用途 長屋、商業施設
構造   木造
階数   地上2階
敷地面積 2,163.35㎡(5棟合計)
建築面積  503.65㎡
延床面積  907.35㎡(5棟合計)
工事期間 2019年4月〜2020年3月
 令和4(2022)年12月6日、第48回東京建築賞において新人賞、一般一類部門最優秀賞に輝いた、ツバメアーキテクツ設計の「BONUS TRACK」の見学会が開催された。
 当日は、隣接した事務所ビルの1階でドーナツと飲み物をいただきながら、共同代表のおひとりの西川日満里さんにご説明いただいた後、西川さんの案内で実際の建築を見学させていただいた。
 以下は夫が建築士の熟年夫婦がBONUS TRACKを訪れたら、というお話で……。
夫が建築士の熟年夫婦がBONUS TRACKを訪れたら...
 「下北沢で降りるのは久しぶり、若い頃はよくあなたとこの街でデートしたわよね」。
 「そうだね、あちこちの小劇場で芝居を見たっけね」。
 「ええ、小田急線が地下化して駅の様子は随分と変わったけど雰囲気は残ってるわね」。
 「駅ビルも2階建てでこぢんまりしてるしね。今日誘ったBONUS TRACKは地下化で生まれた元線路の空地に立てられたんだ。ほら、ここからもう見えるだろう?」。
 「ああ……あれなの? 大型SCみたいなのを想像してたけど全然違うみたい」。
 「行ってみればSCとはむしろ対極的なのがわかると思うよ」。
 「楽しみ……。あなたと結婚してからすっかり建築好きになっちゃったわ」。
 「それは嬉しいね」。
 「お付き合いしてた頃からあちこち連れまわされたでしょ? それと小劇場でお芝居見るなんてのも初めてだったからすごく新鮮だったのよ。あなたと知り合う前はもっとお金のある人とお付き合いしてた時期もあったの。大劇場でミュージカル見た後レストランでコースディナーとか」。
 「ははは、僕はお金がなかったから小劇場とスパゲッティだったけどね」。
 「でもね、それまで知らなかったようなことを色々知ってて、ステレオタイプに収まらない人生の楽しみ方があるんだって教えてもらったわ。庶民的だけど居心地のいいお店もたくさん知ってたし、あなたとなら心豊かな人生が送れそうだと思ったの」。
 「それから30年経ったわけだけど、どうだった?」。
 「思った通りだったわ。満足してるわよ。お金持ちにはなれなかったけどね」。
 「ははは、そこのところは申し訳なかったけどね……。ほら、もう着いたよ」。
雑木林の中の商店街
 「ここなのね……。なんだか商店街って雰囲気ね。緑もいっぱいでいい感じ」。
「うん、大型SCができると地元に古くから根付いてる商店街がシャッターだらけになりがちだろ? ここは真逆で、コンセプトとしては『雑木林の中の商店街』なんだそうだ。長屋形式だけど個々の店は2階が住居になっててね。そんなところも古くからの商店街っぽいだろう? それと規模を押さえて『こんな店をやってみたい』って人が出店しやすくなってるんだ。ただ、ひとつだけ他の2倍くらいの店舗があって、そこでは地域の人たちのイベントを開いたり、これから出店したいと思ってる人が2週間程度『お試し』もできるようになってるらしい」。
 「若い人を応援してるのね」。
 「まあ、下北に根付こうと思ってる人ならば年齢は問わないだろうけどね」。
 「なんか楽しそう」。
 「君が出店するとしたら何屋さんを始める?」。
 「う~ん、その問いに答えるには少し時間をちょうだい。本気のコンセプトでつくられた場所だから本気で考えないと失礼でしょ?」。
 「そうだね……。小さな店舗の集合なんだけど、形状や外装材を限定してるから一体感もあるだろう?」。
 「そうね。それでいてそれぞれのお店の主張も明確に出てる、そのバランスが絶妙ね」。
 「うん、出店者の想いを反映しやすいように内装は最小限にとどめてあって、梁なんかもむき出しのままになってるんだ」。
街の縁側
 「でもそれもおしゃれよね。コンクリートの梁やスラブをむき出しにしてるお店もよく見かけるけど、ここはそれが木造だから質感やスケール感も心地いいわ……。この辺りは路地というより小さな広場になってるのね……。テーブルが出てるわ」。
 「ああ、適度に樹木も配されてるから落ち着いたテラスって感じだな。大通りに面したカフェのテラス席とは趣きがだいぶ違うよな」。
 「ここでちょっとお茶しない?」。
 「いいね……」。
 「このオープンスペースって落ち着くわ。なんて言ったいいのかな……そう、縁側っぽいな雰囲気もあるのよね。『街の縁側』っていったらいいのかしら」。
 「ああ、確かにそうだね。ここで地域のお祭りが開かれたりすることもあるらしいよ」。
 「正に地域に溶け込んでいるのね。コンセプトが明快だからこそ成功してるんでしょうね……。夏の晩に夕涼みがてらここでビールなんかいただくのも気持ちよさそう」。
 「本当だね、また夏に来よう、いろんな種類の料理も楽しめるし最高だろうね」。
 「決めた」。
 「夏にまた来ること?」。
 「ううん、さっきの問いの答えよ。あたしなら何屋さんを始めたいかって」。
 「ああ、そうだったね……で、その答えは?」。
 「駄菓子屋さん! 子どもたちも集まって来てくれるだろうし、あたしたちの年代なら懐かしいし、若い人には新鮮なんじゃないかしら? 駄菓子デートなんて楽しそうじゃない?」。
 「なるほどいいね、夏にまた来る頃には駄菓子屋さんができてるかも……ここはそんな風に発展していってもらいたいな……」。
鷹取 奨(たかとり・すすむ)
東京都建築士事務所協会南部支部副支部長、鷹取1級建築士事務所
1958生まれ/芝浦工業大学建築学科卒/鷹取一級建築士事務所、東京都建築士事務所協会南部支部