地盤塾 第3回
地盤補強工事の見積り選定方法(後編)
春日 龍史(東京都建築士事務所協会賛助会員、株式会社アースリレーションズ)
千葉 由美子(株式会社ブルーセージ)
見積り選定ミスで沈下事故に遭わないために
 前回の前編では、地盤補強工事を行った住宅でも沈下事故が発生していること(提示された地盤補強の見積りのすべてが安全とはいえない)、住宅地盤において不同沈下事故が起きやすい危険因子は「地質・土質・造成地盤」であること、設計不良による不同沈下事故を防ぐために各地盤補強技術を理解することと各地盤補強技術について触れた。
 今回は、前編を踏まえた上で、施工不良による不同沈下事故を防ぐための注意点について解説する。
図❶不同沈下事故の原因例(『小規模建築物基礎設計指針』)
図❷高低差のある盛土地盤
「○○工法で補強したい」~工法ありきの地盤補強計画はない〜
 日本建築学会『小規模建築物基礎設計指針』の第10章「基礎の障害と修復」で、不同沈下の原因について「多くは敷地地盤の問題であり、地盤条件を充分に把握せずに設計や施工が行われた場合に多い」と書かれている。
 原因例では、地盤改良の区分で「工法選定ミス、杭長不足、改良体の支持力不足、腐植土層などによる未固化」とされている。いずれも、地形や土質の判断不足が招いたことと考えられる。工法選定ミスについても同様だ。これは、「地形や土質によっては、選んではいけない工法がある」と言い換えられる。
 建築を行う際、建物は土地の上に建てられる。つまり、建物基礎は必ず地盤に接する。そして自然地盤でも人工地盤(盛土を含む)でも、土地毎に地盤状況はさまざまである。
 地盤補強工事で不同沈下事故にならないために、まずは宅地の地盤状況を見極め、その地盤状況に合った地盤補強工事見積りを選定することが求められる。図❶、図❷は不同沈下事故が起きやすい土地の状況を現したものである。
宅地の地盤状況別に見積り選定のポイントを見る
 地盤補強工事の見積り選定のポイントは、「その土地の地盤状況に合った補強設計か」である。したがって、危険因子を含んでいて不同沈下事故が起きやすい土地の地盤状況別に、
a.その地盤状況がなぜ危険なのか
b.見積り(工法)を選定する際の注意点
を見ていく。
 また、危険因子を土地の状況に当てはめるとさまざまな状況が考えられる。実際には建物計画を含む複数の要素が複雑に重なるためこれらに留まらないが、今回は『小規模建築物基礎設計指針』および住宅地盤品質協会の『住宅地盤の調査・施工に関わる技術基準書』を参考に、事故が起きやすい地盤状況に絞っている。

①腐植土層の分布が想定される
a. 腐植土は圧縮性が高く地盤として不安定なため不同沈下事故が生じる可能性が非常に高い。また、強酸性土であることが多く、一般的なセメント系固化材では必要強度が得られないおそれがある。
 腐植土の有無は、地盤調査報告書の判定書、現地チェックリスト、現場写真(採取試料の写真)、試料採取・目視確認による柱状図などで確認する。さらに、自身でも敷地の地形を土地条件図などで調べてほしい。腐植土が分布しやすい地形(谷底低地、後背湿地、旧河道、堤間湿地)に属している場合、近隣ボーリングデータで分布の可能性を確認する。可能ならば敷地の土を採取して確認したい。
b. 腐植土層に強度(摩擦力、先端支持力、複合地盤)を見込む設計は危険である。
 平面地盤補強は、補強体下部に腐植土層が残る場合の採用は厳しいと考える。
杭状地盤補強は、セメント系固化材を使用する柱状地盤改良は現場の土が確実に改良強度を得られるかが重要である。具体的な対策は、高有機質土用セメントの使用、現場の試料採取および土質確認および室内配合試験(固化材種類と配合量の決定、土質試験による強度の確認)の実施、である。もし強度が得られない場合は、非セメント系の杭状地盤補強工法を選択する。
 複合地盤補強は腐植土に強度を見込めないため、採用は厳しいと考える。

②新規盛土地盤
a. 試験数値が良くても盛土自体が沈下終息していない可能性がある。また、盛土下部に軟弱地盤が分布している場合は、盛土荷重により軟弱地盤の圧密沈下進行の可能性がある。さらに、盛土下部の軟弱地盤に腐植土が分布している場合は腐植土への対処が必要になる。また、試験が盛土部分で終了している場合は盛土下部地盤の状態の確認が難しい。
 新規盛土、盛土下部の軟弱層の有無は、地盤調査報告書の判定書、現地チェックリストで確認する。盛土の有無は過去の航空写真を遡ることで確認できることがある。敷地の地形や敷地周辺との高低差の確認、近隣ボーリングデータとの比較もしてほしい。周辺と高低差があれば、盛土の可能性がある。地形が低地に属している場合、盛土下部に軟弱層が分布している可能性が高い。
b. 盛土および下部の軟弱地盤に強度(摩擦力、先端支持力、複合地盤)を見込む設計は危険である。したがって、試験が盛土部分で終了している場合は、近隣試験データ、再調査や別試験(より貫通力のある試験)の実施により、盛土下部で軟弱地盤の有無の確認が必要である。「⑥支持地盤の層厚が確認できない」も確認してほしい。
 複合地盤補強は、盛土および軟弱地盤に強度を見込めないため採用は厳しいと考える。

③軟弱層が厚い、もしくは深い深度まで点在する
a. 軟弱層の厚さ、軟弱度合いに比例して沈下量が大きくなる。軟弱層の分布深度と数値にばらつきがあると不同沈下事故に繋がりやすい。
 軟弱層の厚さ、数値のばらつきは、地盤調査報告書の測点データ表で確認する。また、各測点毎だけでなく、測点間で数値の差を比較してほしい。
b. 補強体から伝わる応力によって軟弱層が圧密沈下を起こさないこと、深度と数値にばらつきがある場合は補強体ごと不同沈下を起こさないことが求められる。したがって、軟弱層に対して過剰に強度を求めないこと、表層地盤改良は採用を避けること、その他の平面地盤補強は軟弱層の分布深度と数値にばらつきがないことが重要である。また、工法によっては採用にあたり軟弱層の下限数値が決められているため、SWS試験で自沈時の荷重がWsw=0.25kN以下を計測できない試験機(主に半自動式)を使用している場合は慎重な検討が必要である。
 柱状地盤改良は基本的には改良体下部に良好地盤の層厚が2m以上あることが望ましい。ない場合は改良体下部の地盤の支持力と圧密沈下検討が必要だが、SWS試験数値のみの検討は簡易的なものであるため、地盤が過圧密状態であることを確認できなければ採用しないことが求められる。
 複合地盤設計は、各工法に定められた数値基準のみでなく、補強体(補強材料)と土質がしっかり噛み合うことが重要である。

④切土と盛土(地山と盛土)の境に計画配置が重なる
a. 切土(地山)と盛土で地盤強度に差が出やすい、盛土側で締固め不足による圧密が起こり不同沈下事故に繋がる可能性が高い。
 重要なことは切土と盛土の境を見極めることである。そのためには、造成資料の切り盛り図で確認する必要がある。土地から購入した場合は不動産会社に問い合わせる。手に入らない場合は、調査報告書の現地チェックリストを参考にしつつ、測点データと敷地周辺の傾斜(方向と角度、隣地との高低差)を比較し、地山と盛土の境を見極める。大規模盛土造成地マップも参考になる。
b. 地盤補強によって、切土(地山)と盛土の地盤バランスの悪さを解消する(地盤強度に差があるままにしない)ことが重要である。切土は表層部分で高い数値が出やすいことから盛土部分のみで地盤補強を行えば良いと考えがちだが、そのような補強設計は異種基礎となるだけでなく、切土と盛土の地盤バランスが逆転する可能性があるため注意が必要である。また、盛土に強度(摩擦力、先端支持力、複合地盤)を見込む設計は危険である。
 「⑤擁壁が計画配置と近接している」と「⑦支持地盤が傾斜している」も参考にしてほしい。

⑤擁壁が計画配置と近接している
a. 今回は、擁壁下の地耐力が確保されていることを前提にする。
補強体と擁壁が干渉しあう可能性が非常に高い。補強体の応力分散幅を確保できず強度が保てない可能性や、設計法や施工に伴う土圧の変化が擁壁に影響することで擁壁の変状(転倒、押し出し、ひび割れ等)が起きる可能性がある。また、擁壁の埋戻し部分に計画配置が重なる場合は「②新規盛土地盤」と同様なため埋戻し部分に強度を見込まない対処も必要になる。
b. 擁壁の変状を起こしにくい工法、設計、施工を選ぶ。埋戻し部分に強度(摩擦力、先端支持力、複合地盤)を見込む設計は危険である。また、安息角対応が必要な場合は自治体が認める工法で補強しなければならない。
 平面地盤補強は、応力分散幅を確保できない場合や補強体下部に埋戻し部分が残る場合は採用しない。また、置換工法には土と軽量の補強体を入れ替える工法があるが、擁壁設計時の土の重量が不足することで擁壁が支えを失い転倒に繋がるため、埋戻し部分に補強範囲が重なる場合は採用しない。
 杭状地盤補強、複合地盤補強ともに、擁壁に土圧がかかる工法は採用を避ける。土圧がかかりやすい工法は、補強体の直径が大きい(Φ500mm以上)ものが挙げられる。直径が大きい工法であっても施工時に空堀や施工機の配置(擁壁に対して垂直)などで対応ができる場合もあるが、完全に擁壁の変状を予防できるとは言い難い。他の工法が採用できない地盤状況での対応策と捉えてほしい。また、補強材料の特性上、施工時に補強材が地中で広がるものは土圧が読めず施工時の対処が困難であるため、採用しないことが望まれる。また、現場打ちの場合は材料が擁壁の水抜孔から流出するおそれがあるため、擁壁との距離を考慮した上で慎重に検討してほしい。

⑥支持地盤の層厚が確認できない
(工法毎に必要な層厚を確保できない可能性)
a. 支持地盤に足る層厚が確保できないことで、杭状地盤補強は先端支持力が足りずに補強体ごと沈下する可能性がある。
SWS試験は地盤の軟弱性を確認するには十分だが、貫通力はそれほど高くない。SWS試験では硬質層と思われても、実は層厚が薄く支持地盤の役目が果たせない場合がある。支持層確認のために別試験を実施していないかなどを確認し、未実施の場合は近隣の試験データなどと比較して、その層が確実に支持地盤になり得るかを慎重に検討する必要がある。
b. 支持地盤の層厚確認の再調査や別試験(より貫通力のある試験)の予定があるか確認。
 杭状地盤補強は、支持地盤の層厚が足りない場合、補強体を通して伝達される応力に対して支持力不足や圧密沈下を起こしかねない。特に小口径鋼管など径が小さい工法は、基本的に別途支持層確認試験を行うことが求められる。また、小口径鋼管は拡底翼に過度の期待をしない、そのような設計の工法の採用は避けることも望まれる(小口径鋼管の基本的な設計法は固い層に支持させ反力で建物を支えることである)。

⑦支持地盤が傾斜している
(軟弱地盤や盛土地盤の厚さにばらつきがある)
a. 軟弱層や盛土の層厚が違うことで地盤強度に差が出やすい、盛土側で締固め不足による圧密が起こり不同沈下事故に繋がる可能性が高い。
 地形が傾斜地形(細い谷地、山地の裾など)である、地形の境目(台地と谷地の境、山地の裾など)に位置しているなどの場合は特に注意が必要だ。地盤調査報告書の測点データ表を測点間でよく比較することが求められる。
b. 地盤補強によって、地盤バランスの悪さを解消する(地盤強度に差があるままにしない)ことが重要である。盛土に強度(摩擦力、先端支持力、複合地盤)を見込む設計は危険である。
 平面地盤補強は補強体下部の地盤バランスが悪いままでは不同沈下を起こす可能性が非常に高い。
 杭状地盤補強は、補強体間の先端支持力に大きな差がないことが望ましい。先端地盤の要件を満たしていても、先端地盤の強度に差があれば補強体ごと不同沈下を起こす可能性がある。補強長が均一な設計は特に注意してほしい。もし先端支持力に差があれば、補強長が長くするなどをして支持地盤を同一にすることが望ましい。
その地盤補強で「何がよくなるのか」を考える
 後編は以上である。
 前編でも述べたが、「建物を安全に支持し、有害な沈下・傾斜を起こさない」ために地盤補強を行ったにも関わらず、住宅の不同沈下事故の事例は後を絶たない。それらのほとんどは設計・施工ミスで起きたものだ。
 不同沈下事故を防ぐためには、
・宅地の地盤状況を把握する
・宅地の地盤状況に合った工法を選択する
ことが大前提である。
その上で、地盤補強工事の見積りを選定する際には、この連載を参考に、
・地盤調査の何が原因で補強判定になったのか
・この補強工事でそれが解消されるのか
という点を重視してほしい。

[参考資料]
『住宅地盤の調査・施工に関わる技術基準書』NPO住宅地盤品質協会
『小規模建築物基礎設計指針』日本建築学会
『やってはいけない地盤補強の設計例』一般社団法人地盤優良事業者連合会
春日 龍史(かすが・りゅうじ)
東京都建築士事務所協会賛助会員、株式会社アースリレーションズ技術営業部係長
1988年 東京都生まれ/2014年 株式会社アースリレーションズ入社、技術設計部門を担当/地盤調査判定、地盤補強設計検討に従事
千葉 由美子(ちば・ゆみこ)
株式会社ブルーセージ代表取締役、地盤品質判定士、住宅地盤調査主任技士、測量士補
YouTube「ER地盤塾(全12回)」の動画を作成。住宅会社向けに宅地地盤の研修を行っている。宅地地盤判定・審査の累計件数は約7万件