東京建築賞見学会&まちなみ見学会合同企画レポート
東京建築賞受賞作品と再生していく街を見る
押川 照三  東京都建築士事務所協会研修委員会副委員長、+A一級建築士事務所
「御茶ノ水ソラシティ」地下広場。高強度コンクリートにより細い柱を実現。開放的な空間演出に大きく寄与している。
ニコライ堂(東京復活大聖堂)。1891年竣工。まちの大事なアイコン的存在。
神田駿河台、神田淡路町界隈を見学
 去る2015年11月20日に、東京建築賞見学会&まちなみ見学会合同企画「東京建築賞受賞作品と再生していく街を見る」を開催しました。
 第41回東京建築賞で東京都知事賞を受賞した「御茶ノ水ソラシティ」(設計・施工:大成建設)をはじめとする大きな開発が行われる一方で古いまちなみも残る、神田駿河台、神田淡路町界隈を散策する見学会です。夏目漱石や与謝野鉄幹らが闊歩したこのまちは、「湯島聖堂」(元禄時代の1691年に5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟。現在の大成殿は伊東忠太の設計により、1935年にRC造で再建されたもの)や、「昌平坂学問所」(幕府の教学機関。湯島聖堂の構内に1797年に成立。1871年に閉鎖)があったことから学問のまちとして知られ、「ニコライ堂」(1891年竣工、関東大震災で被害を受け1929年に岡田信一郎が修復)などの西洋の文化に触れる場所でもあったことで、文化性の高い地域として栄えていました。また、交通の要衝でもあって人の往来が多く、江戸時代からの古い名店が残ることでも知られています。今も大学や有名店が軒を並べる歴史と文化が根付いた魅力的なまちです。
 しかし、この界隈は2010年以降大きく様変わりします。このまちの大きな人の流れを生んでいた「日立製作所本社」の移転や地域の小学校の廃校、木造店舗の焼失など街の中核が次々と消えていったのです。町の雰囲気は大きく変わり、転換期を迎えました。
 残された土地の有効活用として大型の開発事業が始まり、焼失した古い木造店舗は建て替えられました。その中でも大型の開発では、「地域の活性化」や「歴史の継承・保全」、「新しいまちなみの創造とコミュニティの充実」がテーマとなり、地域の意見を反映した開発が行われました。それらを体験することで地域の「まち」に対する意識も変わりました。古い店舗の建て替えもまちを意識して計画され、地域全体が一丸となって魅力的なまちづくりに取り組んでいるようです。
 今回のまちなみ見学会は、まちなみに大きく寄与している建物を取り上げ、どのようにまちに寄与し、存在しているかを視察する見学会としました。先に挙げたテーマをもとに、これらの建物とまちの関わり合いを記したいと思います。
「ワテラス」の「神田花暦園」。ここで各種イベントが行われる。
地域の活性化を進める事業として
 東京建築賞を受賞した「御茶ノ水ソラシティ」と隣接する「ワテラス」(設計:佐藤総合計画、施工:大成建設)は、同時期に開発されました。共に歴史を感じさせる外構が特徴で、地域の歴史を継承しています。「御茶ノ水ソラシティ」での三菱社・岩崎彌之助邸の煉瓦や軍艦山の石垣、「ワテラス」での廃校になった区立淡路小学校や統合された区立淡路公園にあった樹木の移植がそれで、まちの歴史を継承し、地域の人びとが親しみを感じられる環境をつくっています。
 開発の大きな特徴としては新しい人の流れの創出です。多くの人のまちへの流入は、経済的な発展に欠かせない要素となります。隣接するふたつの大きな開発では、地域活性化と発展のため、御茶ノ水から淡路町駅への大きな人の流れをつくり、新しい交流や地域活性化・発展の一助とする取り組みを行っています。
 「御茶ノ水ソラシティ」では、地下の広場に、近接するJR御茶ノ水駅や直結した地下鉄の駅からの人の流れを「ワテラス」、淡路町、小川町へ繋げていくハブとしての機能を持たせました。これにより、駅から街へのアクセスが短縮され、新たな人の流れが生まれています。
 隣接する「ワテラス」も、まちへの新しい動線の一端となりました。高低差のある敷地を利用した計画は、ダイナミックな階段と、圧巻の意匠の大きなゲートで来街者を迎える玄関口となっています。また、「ワテラス」は地域コミュニティの核であった小学校の跡地を開発したため、それを継承するための広場やコミュニティ施設を併設しています。それらは、来街者や地域住民とのさらなる交流の場として、流入の増加と地域活性化を狙っています。また、以前同地にあった区立淡路公園と空地を統合した「神田花暦園」は憩いの場として利用され、イベントも積極的に開催されており、さまざまな交流が行われています。
「マーチエキュート神田万世橋」は旧万世橋駅を改装した商業施設。
まちなみの継承と変革
 この地域は、歴史のある古いまちなみが残る地域でもあります。その歴史はまちの魅力であり継承されるべき財産です。先出の「お茶ノ水ソラシティ」や「ワテラス」でも、遺構の一部を残し歴史を感じさせる意匠としていました。また、まちの大切なアイコンとして「ニコライ堂」が挙げられます。重要文化財でもある「ニコライ堂」は、1998年に調査から8年の歳月をかけて補修されました。石造の文化財補修としては全国で最初に取り組まれた事業です。まちにとっても財産を保全する大切な事業でした。
 まちに残る遺構を活用し、歴史を継承しながら変革をもたらす事業も行われており、「旧万世橋駅」の改修(「マーチエキュート神田万世橋」、設計:東日本旅客鉄道+ジェイアール東日本建築設計事務所+みかんぐみ)では、新しい命を吹き込んだことで秋葉原方面からの人の流入を生み、まちの活性化に一役買っています。
 まちの財産を保全しながら活用していくことは、歴史のあるまちなみの魅力を最大限に生かすことになり、活性化の第一歩であることを強く感じさせる事例でした。
「かんだやぶそば」の緑豊かな店先は、開放感と共に落ち着きを与える空間である。
新しいまちなみへ
 木造の店舗が多く残るこの地域の中でも「かんだやぶそば」は、東京三大そばとして有名なお店です。その店舗が焼失したのが2013年のこと。多くの人に愛されていたこの店の再建では、木造家屋の意匠の継承とまちづくりへの貢献が大きな課題となりました。商業地域での木造店舗再建は難しく、鉄骨構造で細く木造らしいプロポーションを追求することや、以前の建物で使われていた部品を再利用することで意匠を継承しました(設計・施工:水澤工務店)。まちづくりへの貢献では、今までの閉鎖的な板塀の外観から、開放的な庭園を通して店舗が見える意匠へと変更されたことです。閉鎖的になりがちなビルの谷間で、一種のオアシスのような開放感をまちに与え明るい空間がつくられています。
 今回の見学会では、建物のいくつかで設計者自身に説明をいただくことできました。設計の意図や取り組み方には、とても感心し理解が深まりました。
 さまざまな取り組みによって活気を取り戻し始めたまちの雰囲気を感じ取ることができた見学会でした。
「御茶ノ水ソラシティ」にて。
押川 照三(おしかわ・てるみ)
建築家、+A一級建築士事務所代表、東京都建築士事務所協会板橋支部
1995年 大阪芸術大学芸術学部建築学科卒業/1998年 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻修了/1999年 株式会社ウシダ・フィンドレイパートナーシップ入社/2001年 株式会社ゼロワンオフィス入社/2005年 +A一級建築士事務所設立
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