BIMの課題を解くオブジェクト標準とBIMライブラリ 第1回
BIMにおける標準化の重要性
寺本 英治(BIMライブラリ技術研究組合専務理事)
図1 欧州全体にBIMの実施促進のためBIM利⽤を要請する欧州指令の発表(2019年3⽉31⽇)(出典:Webサイトより)
図2 英国のBIM導⼊と2025年の⽬標(コスト削減、⼯期短縮、温室効果ガス削減、輸出促進)(出典:アジア政府BIM会議2014での英国・EU BIMタスクグループ代表説明より)
シリーズの狙い
 ⽇本でのBIMの状況は、海外のBIM先進国と⽐較すると、残念ながら広く利⽤・普及している状態ではないといえるでしょう。その要因はいくつか挙げられますが、その中でBIMを利⽤する設計者・施⼯者・技術者の理解と努⼒によって解決できる要因が、BIMオブジェクト(特に属性情報)の標準化であると考えています。そこで、このシリーズでは、BIMの利⽤・普及に関する課題を概観するとともに、BIMオブジェクトの標準化とBIMライブラリに取り組んでいる当組合の活動と、今年度末に公表を予定しているBIMオブジェクト標準ver2.0等の最新動向を紹介する予定です。
⽇本のBIMの利⽤・普及が広く進んではいないと思われる要因
 ⽇本でBIMの利⽤・普及が広く進んでいない要因は、
【1】BIMの効果が⼗分理解されていないこと。
【2】BIMの必要コストが⾼いのではと受け取られていること(これは【1】と関係します)。
【3】多くのBIMソフトウェアが利⽤されており、異なるBIMソフトウェア間のデータ連携が容易でないこと。
【4】公共事業でのBIM導⼊施策やBIM導⼊に関する財政⽀援がないこと(【1】、【2】と関係します)等が挙げられます。
 しかしその根底には、CADで⼗分プロジェクトがこなせており、難しくてコストがかかりそうなBIMをなぜ導⼊しなければならないかの必要性が、実感として感じられないことがあるといえます。
 ではなぜ海外のBIM先進国(⽶国、英国、シンガポール等)ではBIMが広く普及・利⽤されているのでしょうか。そこには、国・地域の施策としてBIM導⼊を図っている英国やEU の状況、設計者・施⼯者の役割が⽇本と海外では異なること、設計変更を⾏うと⼯期が延⻑される契約的な取り扱いの違い、また公共事業等でのBIM導⼊政策の有無などがあります(図1、2参照)。
図3 HUT600プロジェクトの対象のアルバーアールト⼤学の講堂(撮影:筆者)
図4 ISOによる標準化の意義(標準はこのような凸凹の競技フィールドを平らにする)(出典:アジア政府BIM会議2014でのISO会長・事務局長説明より)
BIMはシミュレーションができることがCADとの⼤きな相違であり、そのため標準化が重要
 さてここでBIMとは何かについて考えてみましょう。BIMは、「Building Information Modelingの略称で、コンピュータ上に作成した3次元の形状情報に加え、部屋名称、仕上げ種別、材料・部材の仕様・性能、コスト等の属性情報を併せ持つ建物情報モデルを構築および活⽤すること」をいいます。そのため、実際の建物建設に先⽴ってコンピュータ上で仮想の建物を組み⽴てることができ、さまざまな場所での⾒え⽅(視覚検証)、気流・温度等の室内環境、施⼯⼿順等についてシミュレーションできるため、発注者、設計者、施⼯者等の相互理解が深まるとともに、問題点をあらかじめ解決できるメリットがあり、その結果、設計変更が減ることになります。これらをバーチャルコンストラクションといいます。
 2000年頃にフィンランドと⽶国スタンフォード⼤学が共同してBIMの原型のプロダクトモデリングを、「HUT600プロジェクト」として実施しました。このプロジェクトは、フィンランド⼯科⼤学(現アルバーアールト⼤学)に建設する600席の階段講堂で、設計段階で座席からの⾒え⽅、気流・温度分布、施⼯⼿順等を検討したものです(図3)。
 その後BIMとなり、設計図作成にも広く利⽤されていますが、本来はシミュレーションができるツールであること重要で、そのためにはBIMの形状とともに属性情報が重要です。またCADと違うBIMの特性を活かすためには属性情報が必要で、シミュレーションなどのBIMの特性を、さまざまなプロジェクト、チーム、プロジェクトで円滑に発揮するためには、異なるBIMソフトウェア間でも属性情報が⾃由に活⽤できる環境を構築することが必要で、このためには、属性情報が標準化されていることが重要なのです。
 標準化の意味に関しては、2014年にシンガポールで開催されたアジア政府BIM会議で、テリー・ヒルISO会長とロブ・スティール事務局長のプレゼンで使われた図がわかりやすく説明しています(図4参照)。
 情報の連携がうまくいかない場合の課題に関しては、⽶国国⽴標準技術研究院NIST(⽇本の⼯業技術院に該当)の報告書「NIST GCR04-867」で2004年に次のように指摘しています。
 「データの互換性がないために⾮効率なデータのつくり変えが発⽣し、控えめに⾒積もっても2002年では国内の建設と運⽤費合計の3,741億ドル(約45兆6,000億円)の4.2%、158億ドル(約1兆9,000億円)が無駄になっている」。
表1 BLCJ BIM オブジェクト標準ver1.0(PDF
表2 オブジェクト標準が実現された場合の効果(PDF
BIMにおける属性情報の概要
 次にBIMオブジェクトの具体的な標準化の説明に⼊る前に、BIMの形状情報、属性情報の構成について説明します。BIMオブジェクトの情報は、次の階層から構成されます。
第1階層:データの基本構造(データ種類と構成項⽬)。
第2階層:データ項⽬(形状、性能に必要な項⽬)。
第3階層:データタイプ(⽂字、数値等)、桁数等。
 さらに標準の基礎となる製品等の分類コード等があります。
 表1に示す「BLCJ BIMオブジェクト標準ver1.0」ですが、この成り立ちを説明しましょう。この検討は2015年10月に設立されたBIMライブラリコンソーシアム(BLC)で検討されました。
 日本では2009年がBIM元年といわれ、日建設計の山梨友彦氏による『BIM建設革命』(日本実業出版社刊、2009年1月)が出版された年です。この本の表紙には「BIMはまだ始まったばかりであり、BIMが先陣を切った真のIT革命による建設businessの変革は端緒についたばかりにすぎない」とあります。日本では(公社)日本建築家協会の「BIMガイドライン」が2012年に、国土交通省官庁営繕部の「官庁営繕事業におけるBIM モデルの作成及び利用に関するガイドライン」が2014年に公表されています。海外では、米国連邦調達庁(GSA)の「BIMガイドシリーズ01-08」が2007年から、buildingSMARTフィンランドの「共通BIM要件」が2012年に公表されています。
 このような開発状況の中で英国NBS(標準仕様書協会、王立英国建築家協会(RIBA)の下部組織)では世界に先駆けてBIMオブジェクト標準を2014年に公表していました。このオブジェクト標準では、属性情報、形状、ふるまい、表示方法に関して標準を定め、一貫性、効率性、相互運用性(interoperability)を確保することを目的として、共通の情報環境(common data environment, CDE)の形成を目的としています。
 この標準に基づくかどうかを当時のBIMライブラリコンソーシアムで議論し、結論的には採用することになりました。理由としては、情報は世界を駆け巡るものであり、国内標準だけではガラパゴス化の懸念があることが挙げられます。また設備で先行して作成されていたオブジェクト標準と比較した結果でも、大きな構造では相違がないということも、この判断を後押しするものでした。その結果、「BLCJ BIMオブジェクト標準ver1.0」が2018年10月に作成され、会員の間で合意されました。
 結果を表1に示しますが、この中で、たとえば「2.7 BOS一般」に基づく情報項目は、NBSのBIMオブジェクト標準に基づくものを示しています。このため、「BLCJ BIMオブジェクト標準ver1.0」は少し複雑な形態とみなされ、また日本の技術的な状況が反映されていないという課題がありました。それを現在修正し、「BLCJ BIMオブジェクト標準ver2.0」の確立を来年(2022年)春に目指して活動しています。
 また標準化の検討を進めていくと、表2に整理したように、「建築確認との連携が可能になる」、「標準仕様書との連携が可能になる」、「積算との連携が容易になる」、「解析やシミュレーション等の関連ソフトウェアの開発が容易になる」こと以外に、「ISOとの連携が図れる」ことが重要なメリットであることがわかりつつあります。これはBIMとBIMオブジェクト標準が、さまざまな国際標準(ISO等)の上に成り立っているためで、この点はBIMの特徴でもあり、また難しいと感じさせてしまうところですが、日本の素晴らしい建築と建築技術を世界に情報発信するためには越えなければいけないハードルでもあります。
 これをわかりやすく皆様に説明していく、また実際に使いやすい形で提供することが、われわれの役割と考えていますので、次回以降もお付き合いのほどお願いします。
寺本 英治(てらもと・えいじ)
(一財)建築保全センター理事・保全技術研究所長(兼)BIMライブラリ技術研究組合(BLCJ)専務理事
昭和50年建設省(当時)入省/本省、関東、近畿、東北地方整備局、JICAフィリピン建設生産性向上プロジェクトリーダー、本省建築課長、整備課長(兼)総理大臣官邸建設室長、官房審議官を歴任。その後(一財)建築保全センター専務理事を経て、2019年から現職/その他:buildingSMART Japan理事、JFMA戦略委員会委員、元日本建築学会理事等