伝統建築工匠の技 第2回
社寺建造物美術保存技術協会
David Atkinson((一社)社寺建造物美術保存技術協会代表理事、(株)小西美術工藝社代表取締役社長)
2021年8月に新規採用者向けの研修会を開催した。
今年(2021年)の漆研修会では、これまで身につけてきた基礎技術の確認を研修を通して行った。(写真提供:社寺建造物美術保存技術協会)
5つの部門
 社寺建造物美術保存技術協会(通称、社美協)は、5つの部門で構成された、230人の職人を束ねる一般社団法人です。部門の種類は、規模の大きなものから順に、「漆塗り」、「彩色」、「錺金具」、「単色塗り」、「剥落止め」があり、21の事業者が会員になっています。
 この数年間、協会は大きな改革を進めてきました。
 まず、国指定の文化財修理に携わる事業者すべてに可能な限り入会を呼びかけ、その結果、会員数が大幅に増えました。
 以前は事業者のみが会員として登録される経営者のための団体でしたが、今では、各事業者に雇用される職人も準会員として登録されています。経営者のための団体から、職人文化を守り伝承するための団体へと生まれ変わろうとしています。
研修の見直しと認定制度の立ち上げ
 2020年から各部門でこれまで行っていた研修のあり方を見直し、部門別のカリキュラムを作成しました。登録された職人が入会後10年を経るまでに、毎年どのような技術や知識を身につけるべきか、あわせて、関係法令に則り、どのような資格や講習を受けておかなくてはならないかを示す内容になっています。今年からその運営に着手し、これは軌道に乗るまでに数年をかけた取り組みになりそうです。
 新たな研修のもうひとつの目的は、加入する職人が身につけた技術を協会として確認する責任を果たすことです。そこで、この一連の研修をもとに、「初級」、「中級」、「准上級」、「上級」技能者の4段階の技能レベルに技能者を認定する制度を立ち上げました。2022年までに準会員全員が、いずれかの技能レベルに認定されることを目指しています。
 2021年7月時点で、経験年数5年目までの「初級」に該当する職人は74名、6年から10年目の「中級」に該当する職人は35名、続いて83名が准上級者として認定される見込みです。その他、現時点で認定が完了しているのは、最も査定の厳しい上級者45名です。現場をとりまとめ、技術力と実績と提案力を兼ね備えた職人であり、協会の中核となる方々です。
職人の技術を確認する仕組みがなかった
 不思議なことに、今までの文化財修理では、事業者の文化財修理の実績が問われることはあっても、個々の職人レベルで経歴が確認されることはほとんどありませんでした。ある意味で、性善説に基づいた「業者丸投げ」のやり方となっていて、人の髪の毛を切るための国家資格が存在しながら、国宝や重要文化財を修理する職人の技術を確認する仕組みはなかったのです。上級技能者に相当するベテラン職人の指導もなく、実績もない人が、やろうと思えば日雇いで国宝を修理することができてしまっていました。未だにそのような例は存在しています。
 文化財を修理するという行為は、失敗をすると、税金の無駄使いになるだけでなく、人の身体を手術するのと同様に、取り返しのつかない結果になりかねません。慎重に職人の技術を確認する必要はあるものの、その仕組みが存在していなかったのです。これが、協会としてその仕組みをつくることになったきっかけです。
若い職人の育成
 当たり前のことですが、この研修を通じた認定制度を、若い職人の育成にも役立てたいと考えています。今の若い職人は、丁寧に教えてもらうことを望んでいるように感じます。少子化で職人希望者が減少するなか、離職という残念な結果にならないよう計画的に、かつ効率よく育てる必要があります。これを事業者任せにしていると、計画的に育成する技術にも差が出てしまいますので、協会としてその差を補う役割も担いたいと考えています。昔のように、「一人前になるのに10年かかる」、「育つものは育つ、育たないものは育たない」という時代は終わり、より科学的に人材を育てる必要性を感じています。
認定制度を入札条件に
 当協会では、行政や設計者・監理者に対して、提言や要望をするといった働きかけも積極的に行っています。文化財に使用される漆が中国産から原則として日本産に変わったことは、そのような働きかけが結実した例のひとつです。
 今最も力を入れている活動は、社美協が行う研修と認定制度が入札条件に反映されることです。これらが入札条件に加えられることで、職人が能動的に研修に参加し、認定を受けようとする動機が生まれ、制度そのものが生きてきます。入札条件に活用されないと、制度は機能しなくなり、死んでしまいます。
求められる透明性
 経営者にとって負担も大きく、研修に参加させ、認定を受けさせることにはお金がかかります。研修をすればするほど技術は向上しますが、コストが高くなります。過酷な雇用条件の下で技術レベルの低い若者を使う会社に負けてしまいます。安かろう、悪かろうの原理です。この原理が職人文化を破壊し、文化財も破壊しかねないのですが、残念ながら、未だにこれが蔓延しています。
 医師、弁護士などのプロフェッショナルと同様に、文化財の修理をする職人にも、研修と認定制度を課していくことが不可欠でしょう。開かれた研修制度を作ることによって、平等生と公平性を担保できると考えています。
 かつて文化財修理は非常に閉鎖された業界でしたが、助成を受ける比率が増えていることを受けて、透明性が求められています。社美協というひとつの選定保存技術認定団体として、その期待に応えるべく、日々、取り組みの強化と改善に努めてまいります。
David Atkinson(デービッド・アトキンソン)
株式会社小西美術工藝社代表取締役社長、奈良県立大学客員教授、元ゴールドマン・サックス証券金融調査室長
オックスフォード大学(日本学専攻)卒業後、大手コンサルタント会社や証券会社を経て、1992年 ゴールドマン・サックス証券会社入社。同社取締役を経てパートナー(共同出資者)となるが、2007年退社/2009年に創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社入社、取締役に就任/2011年 同社代表取締役会長兼社長、2014年に代表取締役社長に就任/2018年からは選定保存技術[建造物装飾]認定団体 一般社団法人社寺建造物美術保存技術協会で代表理事を兼務する。
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