弁護士が話す 事業承継のいろは 法務編
髙橋 賢司(弁護士、司法書士、弁護士法人横浜りんどう法律事務所)
はじめに
 去る令和3(2021)年5月25日に、セミナー「弁護士が話す 事業承継のいろは 法務編」でお話をさせていただきました。本稿では、同セミナーでお伝えした事業承継における法務の基礎知識について解説します。
 なお、本稿では、中小企業で最も多いと考えられる役員・株主構成の会社、すなわち現社長(代表取締役)=自社の大株主という株式会社(特例有限会社を含む)を念頭に、主に親族の方やいわゆる番頭と呼ばれる社内の方へ事業承継するケースを解説いたします。
いつから事業承継の準備を始めるべきか
 いつから事業承継の「準備」を始めるべきかは、とても悩ましい問題ですが、法務的には「事業承継の対策は社長がお元気なうちにスタートしていただく必要がある」とお伝えしています。
 この「元気なうちに」という言葉は、法律的にいえば「判断能力があるうちに」ということになります。判断能力が衰えた段階に至っては、自社株式の移動や遺言書の作成等の法律行為ができなくなり、事業承継の法務的な対策が取れなくなってしまいますので、その前から事業承継対策を進めていただければと考えています。また、判断能力がなくなると株主総会の議決権行使もできなくなり、会社の重要な決定ができないという困った事態も生じてしまうリスクがあります。
 なお、ここでお勧めしているのは、事業承継の「準備」=「対策」を進めることであって、今すぐに経営者を交代するということではありません。後継者候補者が定まった段階にきましたら、現社長(=自社の大株主でもある)がお元気なうちに(=判断能力があるうちに)、事業承継対策を進めていただければと考えています。
事業承継の法務で着目すべき点
 中小企業の事業承継の法務においては、自社株式の承継を考えることがひとつのポイントになります。
 会社の経営権の根源は、自社株式にあります。これは、株式=会社の株主総会の議決権だからです。自社株式の過半数を単独で保有していれば、株主総会の普通決議を単独で決議することができます。
 取締役等の会社役員の選任・解任(監査役の解任を除く)は、株主総会の普通決議で決定していきます。
 事業承継対策としては、代表取締役等の役員を次世代の者へ変更するだけでは不十分であり、大株主たる(元)社長が保有する自社株式の承継を考える必要があります。この対策を怠ると大株主たる(元)社長の相続が発生した後に、自社株式が分散し、その後の経営権争いで取締役等の解任等の紛争を招くおそれがあります。
相続の法務の基礎知識
 ここで、社長=自社の大株主が亡くなった場合の相続の法務の基礎知識を解説いたします。
 まず、相続時の法定相続人と法定相続分ですが、これは次のような表にまとめられます。
 遺言書がない場合の相続では、具体的に誰が何を相続するかということについて、相続人全員で遺産分割協議をして決定していきます。
 もちろん、遺産分割協議で相続人全員の合意ができれば、遺産分割の内容は自由ですが、相続人が法定相続分を主張する場合には、原則として、その法定相続分に見合う価値の財産分けをしないといけません。
 ひとりでも、遺産分割協議に合意しない(協議書へ判子を押さない)相続人がいる場合には、家庭裁判所へ遺産分割調停の申立てをし、家裁に間に入ってもらいながら遺産分割内容を決定していくことになります。
 このようなことにならないよう、自社株式の承継先については、少なくとも遺言書を作成する等の対策を立てておくべきです。
 この遺言書についてご説明しますと、法的に有効な遺言書(公正証書遺言で作成されることをお勧めします)が存在し、遺言書で「誰に何を」と具体的に遺産分けの方法が指定されていれば、原則として、その遺言書内容とおりの遺産承継となり、前述の遺産分割協議は不要になります。相続人間の遺産分割協議が不要になりますから、協議時の紛争が無くなります。
 また、遺言書を用いて、相続を契機にして、相続人以外の後継者候補者(たとえば番頭さん)へ、自社株式を遺贈することもできます。
 ただし、遺言書があったとして、民法上保障されている相続人の最低取り分ともいうべき「遺留分」があることには留意が必要です。
法務対策メニュー
 実際の事業承継の法務対策は、さまざまなメニューをオーダーメイドで組み合わせてひとつの形にしていきます。ここでは、いくつかのメニューを簡単にご紹介いたします。

(1) 社長(=大株主)の生前の自社株の承継メニューとしては、自社株式を後継者候補者へ売買する(対価を得て移転する)や、生前贈与する(無償で自社株式を移転する)ということが考えられます。
 適正な価額での売買であれば、前述の遺留分侵害の危険性もなく、また、自社株式の対価が、社長の退職金代わりにもなります。
 自社株式を生前贈与するには、贈与税に注意が必要です。自社株式の価値が高く、大きな贈与税がかかってしまうような会社であれば、事業承継税制の贈与税の納税猶予・免除制度の利用も検討します。
(2) 社長(=大株主)の相続をきっかけにして自社株式を後継者候補者へ移転するメニューとしては、前述の遺言書の作成や、民事信託(家族信託)の利用が考えられます。遺言書の作成には、遺留分に留意することも重要ですが、内容として「自社株を後継者へ」という内容の遺言書を作成しておくことが有効な事業承継対策になります。
(3) 社長(=大株主)が株式を保有している間に判断能力が低下し、株主総会の議決権行使ができなくなるリスクに備えるメニューとしては、予め後継者候補者との間で任意後見契約を締結しておくこと等が考えられます。
 任意後見契約は、本人の判断能力がある内に信頼できる者との間で、「自身の判断能力の低下があったら、任意後見契約を発動させて、自分の財産管理を委ねる(任意後見人に代理権を与える)」という契約を予め締結しておくものです。
 この代理権の中に、自社株式の議決権行使も盛り込んでおくという対策をとることが考えられます。
(4) その他メニューとしては、種類株式の活用等さまざまなものがあります。さまざまなメニューを組み合わせて、その会社のオーダーに沿った事業承継対策を立てていくことになります。
最後に
 事業承継の法務の形は、その会社の形態やオーダー内容によって千差万別です。M&Aの前裁きとして、少数株主の排除(スクイーズアウトと呼ばれる)を行ったこともあります。
 また、さまざまな専門職とタイアップして取り組む必要があるのも、この事業承継の分野の特徴です。
 私が参加している一般社団法人湘南MIRAI承継には、さまざまな専門職がおりますので、もし、事業承継でお困りのことがありましたら、ぜひご相談ください。
髙橋 賢司(たかはし・けんじ)
弁護士、司法書士、弁護士法人横浜りんどう法律事務所
2002年 司法書士登録/2010年 弁護士登録/2013~15年 衆議院法制局 参事(労働立法担当)/2015年 横浜市内(JR東神奈川駅前)にて、弁護士法人横浜りんどう法律事務所・横浜りんどう司法書士事務所を開業/一般社団法人 湘南MIRAI承継に参加し、事業承継案件に携わる。
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