色彩のふしぎ 第8回
配色の手順(2)──配色設計に必要なのは、注文主が抱いている希望。作業は希望を聞くことから始まる。
南雲 治嘉(デジタルハリウッド大学名誉教授)
情報としての希望を収集する
前回、建築が希望によって発達してきたことを検証しました。そのことから配色設計を行うにあたって最も重要なのは注文主がどんな建物を望んでいるかを知ることだと分かります。そんなことは当然ではないかと思われると思います。
ところが配色を設計するにあたっての必要な情報が、意外に不充分であることに心当たりがあると思います。色に関して注文主がどんな色を望んでいるのか、あるいはどのような配色を望んでいるのか、など最初から分かっていることは100%ないといってもよいでしょう。
ということは設計者が注文主の希望を解釈し、こんな配色でどうだろうと相手の気持ちを推し量って決めているということが実態といえます。これによって現状の色彩設計は感覚に頼ったものになっています。
建築はどちらかといえば数学の世界であり緻密な計算が必要とされていますが、なぜか色彩設計に対しては感覚的な処理になっています。これに対して科学的な説明が付けられる色彩設計を目指しているのがデジタル色彩です。
ここで重要なことは、注文主がどのような希望を持っているのかをより具体的に知ることです。設計では立地条件や面積は必須であり、さらに部屋の機能や用途、スタイルなどを克明に聞きます。
色に関して聞いたところで「深い青がいいなあ」といった漠然とした情報しか得られないでしょう。注文主は色彩の専門でないからです。しかし、具体的に色が指定されたとしても実際の配色にそのままでは使えません。空間の配色は種々の異なる要素が組み合わさってくるからです。
色を聞くということが色彩設計に部分的に応用できても全体的な解決には至りません。そこで違った切り口が必要になってきます。
図1 色彩設計プロセス表
ヒアリングからイメージの選定によって色を決めるまでの流れ。ヒアリングがイメージ選定の基本となっている。
色彩設計の基本はイメージ
昨年の『コア東京」4月号、3回目の連載で触れた「色とイメージ」を思い出してください。そこで色はイメージをつくるためのものであることを説明しました。
そうです、注文主から色ではなくどのようなイメージを求めているのかを知ることがポイントなのです。注文主が頭の中で描いているイメージを知ることができれば、色でそれを表現すればいいことになります。色はイメージを作るために使われるため、1色の問題ではなく配色という組み合わせの問題として捉えることができます。
壁の色を懸命に決めたとしても、照明などの加減ででき上がるイメージは変化します。つまり固定されたイメージは空間には存在しないのです。イメージは人の気持ちによっても変化するものであり、人の生活を生き物のように包み込むものというように捉えるとわかりやすいです。
注文主へのヒアリングはイメージを抽出しやすい回答を得るための質問を多く設定します。ヒアリングは口頭でも、書面によるアンケート方式でもかまいません。潜在的に抱いている好きなイメージを突き止めれば目的は達成されます。
人が持っている好きなイメージは具象的なものがあれば、抽象的なものもあります。具体的な言葉で表現できるものもあれば、説明が付かないものもあります。そうしたイメージを多方面からの質問に応えることによって浮かび上がるようにヒアリングを構成します。
もちろん単刀直入に好きな色を聞いてもいいです。しかし、人は本音と表向きの言葉が異なる場合があります。たとえば好きな色を教えてほしいと直接聞かれると、どの色を答えれば格好よく見えるか、などとふっと思い、異なる色を口にすることがあります。
本当はピンクが好きなのに、青が好きと言ってしまうのはよくあることです。そこで人を意識せずに素直に答えられるよう設問を工夫します。好きな色を聞く項目は素直に答えやすい質問の中に紛れ込ませるのもひとつの方法です。
とにかく本音を探ることが後々問題を起こさないための予防にもなります。イメージは色だけではなく建物全体の設計にも役に立ちます(図1)。
図2 イメージ設定用ヒアリングシート(建築色彩設計バージョン)
ヒアリングシートはインタビューでも直接記述でもよい。
ヒアリングシートの作成
アンケートを取るためにはヒアリングのための質問項目を厳選したものにします。もちろん注文主がどのようなイメージを求めているかを知ることが目的です。
最も優先する質問は注文主が最も大切にしているものを聞くことです。そこから満足を得ているものが何かを知ることができます。
【第1の質問】
最初の質問は生活の中で大切にしていることです。人が生活の中で大切にしているものは多いはずです。人、家族、友人、習慣、環境、時間などがあります。個々では特に生活していく上で支えとしているものを聞くことになります。
【第2の質問】
次に信念や大切にしている精神的な中心にあるものを聞きます。難しく聞くのではなく、生きる上で普段守っていることをどんなことでもいいので教えてもらいます。聞くことは座右の銘やお気に入りの言葉などでも良いです。
【第3の質問】
きわめて重要な質問になります。どんなときに幸せを感じるか、ということです。それは人間関係に関係なく衣食住や娯楽など広い場面での幸せに感じることを聞きます。質問項目はできるだけ具体的なものにしておくと答えやすいです。
【第4の質問】
夢や憧れを聞くと、その人が何を目的に生きているかを知ることができます。建物はその夢を叶えるための環境になります。どのようなものに憧れているのかは、イメージを探る上で欠かせない情報ともいえます。
【第5の質問】
趣味についての質問は聞きやすく、答えやすいものです。趣味には、その人の嗜好性や美意識が反映されています。そして何よりもその人の人生の潤いを生み出しているものにもなります。
【第6の質問】
芸術的な嗜好を聞きます。建築全体にも関わってくる重要な質問です。好きな建造物を聞くのは外せません。芸術の様式は和風か洋風だけでも役立つ情報です。シンプルとデコラティブのどちらが好みかなども聞いておくといいでしょう。前衛的か古典的かの情報は設計に大きく影響します。音楽などの嗜好も聞いておきたいです。
【第7の質問】
最後の質問です。デザインに関すること質問します。すでにここまでの質問でもデザインに関するものがありました。したがってこの質問では直接的に聞くものにします。好きな色、好きな季節、好きな形(丸みか角張りかなど)、好きな花なども聞いておくといいヒントになります(図2)。
図3 キーワード抽出表(カラーイメージ選定用)
キーワード抽出表にキーワードを記録する。キーワードを抽出するのに慣れが必要。カラーイメージチャートを参照する。
キーワードの抽出
戻されたヒアリングシートの分析に入ります。この段階ではデザインに生かせるキーワードを探します。デザインに生かせるキーワードとは特にイメージに関するものに注意して探し出すと良いでしょう。イメージを表現しているので形容詞が多くなります。最低30個を目標に選んでいきます。
キーワードの選ぶ基準は、色彩的には明度に関するもの、彩度に関するもの、色味(色相)に関するものを重視します。次に、時間的なもの、エネルギーの強弱に関するものをさがします。最も分かりやすいのは芸術や様式に関するものです。一般的に形容詞はデザインに応用できるものであり、キーワードとして抽出ししやすいものです。
抽出したキーワードは、キーワード抽出表か、紙などにメモして下さい。最低30個を目標に、できるだけ多くメモします(図3)。
【キーワードの目安(語句を対比させると分かりやすい)】
A. 明度に関するものの例
明るい|暗い
B. 彩度に関するものの例
鮮やか|渋い
C. 色味に関するものの例
色名、色を感じさせるもの
D. 時間的なものの例
朝|夜、若い|老い
E. エネルギーに関するものの例
強い|弱い、硬い|柔らかい
F. 芸術やデザインの様式に関するものの例
前衛的|古典的、洋風|和風、シンプル|デコラティブ
G.感覚に関するものの例
味覚:甘い|辛い、濃い|さっぱりしている
聴覚:にぎやか|静か、ロック|クラシック
嗅覚:刺激的|優美、自然|人工
触覚:柔らかい|硬い、温かい|冷たい
キーワードの整理
注文主のイメージの傾向を正確に捉えるため、その判断に使用するキーワードは多いほど分布に濃度が表れます。少ないキーワードでは分布が均一化したときイメージの傾向が読めなくなることがあります。
どちらとも付かないキーワードはできるだけ拾わないようにします。ストレートにイメージに結びつくものはすぐに分別できますが、「理想的」とか「夢のような」というような漠然とした言葉はキーワードとしては避けた方が良いでしょう。
注文主のボキャブラリーのボリュームが少ないときは、ストレートな表現が多くなる傾向にあります。ある意味この方がイメージを絞りやすくなります。逆に表現が豊かな人は曖昧な表現が多いとも言われており、キーワードを選ぶのが複雑になる場合があります。
ここで選ぶキーワードは注文主が描いているイメージを探り当てる重要な機能を発揮します。しかし、時々キーワードが持つ意味の判断を誤る場合があります。判断ミスが10%以内であればイメージの決定に影響が出ないというテスト結果が出ています。
ということは、3個程度の間違いは想定内ということです。あらかじめ曖昧なものを除いているので、その程度の判断ミスは許容されます。
曖昧なキーワードの場合、他のキーワードの傾向を見て、近いイメージ(カラーイメージチャートにあるイメージ言語)に置き替えてもいいです。このステップでのキーワードは次のステップであるゾーニングのためのものです。ゾーンは4つありますが、キーワードがどのゾーンに属すかを決めるだけなので、イメージの本質がつかめれば良いということです。
キーワードのゾーニング
次の段階は、イメージチャートのゾーンを使用します。これをイメージゾーニングと呼んでいます。このイメージチャートは縦軸に時間、横軸にエネルギーをそれぞれ表しています。上方に行けば未来とか若々しさが強まります。下方へ行けば過去や老いが強まります。イメージは時間的な側面とエネルギー的な側面によってこのチャートに位置づけられます。
イメージチャートの時間軸とエネルギー軸によって4つのゾーンがつくられています。この4つのゾーンは季節でいうと、春夏秋冬に該当します。
春は芽生えのゾーンで、優しさや初々しさが感じられるのが特長です。エネルギーは弱くこれから成長していこうというイメージです。夏は最も華やかでエネルギーに満ちあふれているゾーンです。このゾーンは発展的で革命的な情熱を感じるのが特長です。秋は実りのゾーンです。濃密な円熟したイメージを感じさせます。熟練を感じさせながら反面野蛮なエネルギーを内包しているのが特長です。冬はすべての無駄を捨て研ぎ澄まされたシャープなゾーンです。シンプルでありながら伝統的に引き継がれてきた格式や芸術を感じさせるゾーンです。
たとえば「初々しい」は時間的には若いので上方に位置し、エネルギー的にはまだ弱いので右側にあります。そのゾーンは春ということになります。「クラシック」というイメージは時間的には下方の古く感じる位置にあり、エネルギー的には弱くなりつつある保守的な性格から中央より少し右側にあることになります。そのゾーンは冬です。
キーワードの時間的な側面とエネルギー的な側面を見てどのゾーンに属するかを判定していきます。ここではあくまでも自分の判断によるものとなります。ただそれでは判断に苦しむことが生じるため、カラーイメージチャートの目次を利用します。各ゾーンの中に、どのようなイメージが属しているのか、キーワードに近い意味のイメージを探し、ゾーンを決めていきます。
ヒアリングシートからキーワードを探すときに、最初からカラーイメージチャートの目次を利用すると的確に拾うことができます。判定が曖昧なときにも近いイメージを探す手助けをしてくれます。
図4 キーワードゾーニング表(カラーイメージ選定用)
キーワードゾーニング表を使って、抽出したキーワードをゾーンの中に位置づけていく。点を打ちキーワードを記入する。
キーワードの書き込み
メモされた30個以上のキーワードをイメージゾーンシートに置いていきます。前のステップでキーワードが持つイメージ性をみてゾーンを決めているので、ゾーンの位置づけは難しくないでしょう。
記入は点を打ちキーワードを添えます。点だけでもいいのですが、すべてのキーワードが移し終えたかをチェックするのに役立ちます。点は明快に重ねずに打ってください。
点を打つ時にカラーイメージチャートを参考にします。カラーイメージチャートではそれぞれのイメージに対してゾーンのどこに位置しているかを示す図が掲載されています。
点は手描きでもパソコンでもできます。考えながらやるときは手描きの方がやりやすいかもしれません。
注意すべきことは、キーワードの抽出で同じキーワードが複数回出てきた場合、その数と同じ数の点を打つことになります。注文主の中にそのイメージが強く存在しているからです。
この点の位置はイメージの最終選定に大きな影響を与えます。点の位置は一般的に複数のゾーンに分布します。人が抱いているイメージは単純ではないことを示しています(図4)。
次回、このゾーニングを元にしてイメージの選定を行います。
南雲 治嘉(なぐも・はるよし)
デジタルハリウッド大学・大学院名誉教授、南雲治嘉研究室長(先端色彩研究チーム/基礎デザイン研究チーム)、上海音楽学院客員教授、中国傳媒大学教授 先端デザイン研究室、一般社団法人日本カラーイメージ協会理事長、株式会社ハルメージ代表取締役社長
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業
著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)
カテゴリー:その他の読み物
タグ:色彩